第38話 根拠無き力 その2

「前回もそうだったけど、君の治癒魔法は本当にすごいなぁ。腕も足も、もう完全に元の状態に戻ってる。」


 治療が終わり痛みや不調が嘘のように消えた。想像以上に身体が軽い。俺は身体の回復を確かめる為にその場で勢い良く立ち上がると、ピョンピョンと数回飛び跳ねてみる。


「良かったですね。手や足をドラゴンに食べられていなくて……。いくら私でも身体の欠損までは治せませんから。まぁ手の一本くらい食べられていたほうがあなたには良い薬でしょうけど。」


 少し棘のある言葉が、いかにもエイドリアンらしい。しかし、言葉とは裏腹に治癒魔法はしっかりと最後まで手を抜かない。全てが全力の姿勢もやはりエイドリアンらしい。


「ありがとうエイドリアン……本当に助かった。心から礼を言うよ。」


「まったく……。私がいなければいったいどうするつもりだったんですか? 相手はドラゴンですよ。しかも同時に2体って……普通は一体にだって出会いません。はっきり言って貴方は無茶をし過ぎなんです。」


 治癒魔法で魔力を使い、少し疲労気味のエイドリアンの目がキッと俺を睨みつけ、そして俺は思わずその目つきにたじろいだ。


「いやさ……偶然エンカウントしちゃったんだよ。どうしようも無かったんだ。俺だって事前に知っていればこんな場所に来たりしないよ。」


「偶然って……。偶然でドラゴンに出会ったりするわけ無いでしょう。聞けばこの場所はワイバーンの繁殖地だって言うじゃないですか。いくら腕に自信があるからって迂闊過ぎです。」


「そ、それは……自分でも分かってるよ………。でも、道に迷っちゃってさ……気がついたらここにいたんだ。」


「だからそれを迂闊って言うんです。この世界は私達が元いた世界とは違うんですよ。魔物もいれば盗賊だって普通にいます。そんな世界では道を一つ間違えただけで命取りになるんです。少し考えれば容易に想像がつくでしょうに。それとももしかして……邪神に勝ったからって調子に乗っちゃってるんじゃ無いでしょうね。貴方だって……あの山に登ってまだまだ上には上がいることを理解したはずでしょう?」


 厳しい言葉がいくつも返ってくる。声こそ荒立てる事は無かったが、確かにエイドリアンは怒っていた。冗談めかして軽く答えていた自分の言葉がひどく幼稚に聞こえる。


 たとえば、ドーマが地図を読み間違えたとか……。たとえば、レイラが無鉄砲にワイバーンに向って行ったとか……。俺にも言いたい事はたくさんある。


 でも、今それを言った所でエイドリアンはこう言うだろう。


「ただの言い訳だ」と……。


 旅の行程を人任せにしていた事や、腕試しがしたくて仕方がないレイラを嗜めることが出来なかった事。その結果自分の命を危険に晒してしまった事……。言葉こそ、彼女らしく上から目線だったが、エイドリアンの言葉は確かに調子に乗っていた俺の心に、痛いほど響いていた。


 もし最後に彼女の身勝手な部分が顔を出さなければ、 俺はエイドリアンの言葉に思わずほだされていた事だろう。今はそれだけが残念でならない。


「他の人間の事なんか、苦しもうが死のうがどうなったってかまやしませよ。あなたはまず自分の命を優先にするべきなんです。」


 この一言さえなければ……。言いたい事は分かるが、苦しもうが死のうがは言いすぎだと俺は思う。


 でも……俺は、やはり感謝をするべきなのだ。今の彼女は本気で俺を叱ってくれている。


「ありがとう……。」


 俺はエイドリアンに、今日二度目の礼を言った。



 エイドリアンは何故か照れていた。確かに説教なんてエイドリアンには似合わない。


「と、とにかくです。憎たらしいですが、今回はあの娘がいてくれて本当に助かりました……。」


 突然話題を変えたのも、毒の姫に対する無意味な憎まれ口も、エイドリアンにとっては半分照れ隠しのつもりだろう。しきりに金色の長い髪を触る仕草が彼女にしては珍しく、もしかしたらその証拠なのかもしれないと俺は思った。


 しかし、話題が例の姫君に移ったのなら、俺はこの話題をどうしても避ける事が出来ない。たったひと時だけ……行動を共にしたあの女。


 毒の姫君について……。


「なぁ、エイドリアン。あの女は、いったい誰なんだい? 君とは以前から知り合いだったみたいだけど。」


「えっ? あの娘ですか?」


 自分で話題を引っ張り出しておいて、不思議とエイドリアンは驚いた様な表情を見せた。もしかしたら、エイドリアンは俺と毒の姫君が数日の間行動を共にしていたと勘違いしていたのかもしれない。


 だがそれも、俺の真剣な表情で直ぐに察しはついた様だ。


「そう。君が来る前にいつの間にか消えちゃったんだ。」


「もしかして彼女、あなたに名前すら名乗らなかったのですか?」


「あぁ。軽く聞いてはみたけど、上手くはぐらかされたよ。」


「まぁ……自ら名乗り出るのは癪に障るのでしょうね。彼女は私のように我が儘な女ではなく、気位の高い娘ですから……。でも、貴方だって薄々は気がついているのでしょう。」


 それは、いきなりの本題だった。


「それは、まぁ……なんとなくはね。やっぱり彼女も魔王の一人なのかい?」

 

「魔王?」


 エイドリアンは少しだけ表情を歪めた。


「うん。ちなみに君もそうだと聞いたよ。」


「まさか……。貴方は、あの男が言っている事を鵜呑みにして自分を魔王だと認めたのですか?」


「いや、認めてはいないけどさ……。だっていきなり魔王だなんて受け入れられるわけ無いじゃないか。」


「だったら、彼女も魔王などではありません。もちろん私もです。しかし……それが同時に一般的な人間である事を意味しているわけではありません。貴方を含め私達はこの世界のことわりからは、どうも外れてしまっているみたいですから。」


「ということは、あの毒の姫はやっぱり……。」


「彼女は長らく『酔香元君すいこうげんくん』と呼ばれているみたいです。」


 聞き慣れない言葉。


「スイコウ……ゲ……?」


 繰り返そうとした言葉の後が上手く繋がらなかった。


 そんな俺を見かねたエイドリアンが、もう一度その言葉を繰り返す。


酔香元君すいこうげんくん。……酒の香りがする仙女と言う意味です。あの娘は昔から薬や毒の扱いに長けていましたから、長い年月の間に薬が酒に転じていつの間にかそう呼ばれる様になったのでしょう。」

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