第37話 根拠無き力 その1
転移宝玉の使い方は、ただ手に握って念を込めればいい。
呼び出したい人物を頭に思い浮かべれば、宝玉を手にした相手に念話で会話ができる。宝玉を持っている者同士で、いわゆるテレパシーでの意思疎通が出来るのである。
つまり姫は、この転移宝玉と言う携帯電話を使ってエイドリアンを呼出したと言うわけだ。
そして、エイドリアンが大嫌いと言ってのけた、毒の姫君は……。
俺が宝玉を持っていると知ると、自分が持っていた宝玉を横になった俺の傍らに置いて、代わりには俺がエイドリアンから預かっていた宝玉を自分の懐へとしまい込む。
「ちょっとの間だけ交換するわね。」
姫は少しいたずらっぽく笑った。
そして……俺達は少しの間、他愛も無い会話をいくつか交わした。
それは、俺達がこの僻地に足を踏み入れてしまった理由だったり、はたまたお互いが知るエイドリアンの悪口だったり……。俺達はいくつかの話題について会話を交わしたけれど……その中でも彼女が特に興味を示したのは妹レイラの剣の腕前についてだった。
思いのほか熱心に、彼女は俺の言葉に話に耳を傾けていた。ドラゴンの首を一太刀で落としてしまうような剣術である。興味を持つなという方が無理だろう。しかし俺が説明に『千年九剣』と言う名を持ち出すと、彼女は何かに納得した様に笑ってそれ以上その妹に興味を示す事は無かった。
ただ、それもほんのひと時の話である。
お互いが意気投合とはいかないまでも、それなりに会話は弾んだ様な気がする。これも、お互いに死地を乗り越えた結果ではないだろうか……だから俺は、彼女が一切自分の身の上について語ろうとしなかったことなど、彼女が突然消えてしまうまで気にすら止めていなかった。
おもむろに立ち上がった毒の姫君は、行き先も別れの言葉も告げないままに、ふらっと何処かへと姿を消してしまった。それはまるで近所にちょっとした用事でも済ませに行くかのように……。
程なく、彼女が置いたままにした転移宝玉が眩い光を放ち、稀代の大魔道士エイドリアンの転移魔法が発動した。
いつの間にか地面の上に描かれた鮮やかな光の魔法陣は、ゆっくりとその中央部に大小二人のシルエットを浮かび上がらせる。
毒の姫と入れ替わる様に、魔法陣の中から姿を表したのは、もちろん相変らずのメイド姿に身を包んだエイドリアンとその幼き主人のショーン。
そして俺はこの二人の治癒魔法の力によって、その身体機能の全てを瞬く間に回復させたのだった。
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