第33話 毒の姫 その15
はたしてドラゴンは、俺達の今の状況まで計算していたのだろうか。母親を助けようと少年が飛び出て来ること、そして俺が少年を庇うために前に出てくること。それともこれは単なる偶然なのだろうか。
「なんて悪趣味なヤツなの!」
姫が、たまらずに叫ぶ。
その通りだ。コイツはとんでもなく悪辣で用心深くて……そしてたまらなく悪趣味。こんなやつに俺達は到底かないっこ無い。今頃それを心底思い知らされた。
ならばせめて……。
そう。悪あがきは俺の悪い癖なのだ。
そして俺は構えた剣でドラゴンのある一点だけに的を絞る。せめてやつの指一本ぐらいなら俺にもなんとかできるかもしれない。
まず襲ってきたのは大きく開いた口に鋭い牙が並ぶドラゴンの頭。だが俺はその頭を無視してドラゴンの右手の指先に最後の一撃を放った。
人生最後の一振りが、たかだかドラゴンの指一本と引き換えとはお粗末な話だが、俺は今出来る限りで最善の手を打ったつもりだ。
恐らく、少年が母親だと言うあの女性は切り落とされたドラゴンの指先と共に地面に落下するだろう。そして俺の後ろの二人は……運が良ければこのドラゴンの初撃くらいは生きながらえるかもしれない。
その後は……。
もう俺には関係の無いことだ。その時、既に俺はあの憎たらしいドラゴンの牙に噛み砕かれて……おそらく死んでいるのだから。
結局、君が言う奥の手なんか無かったじゃないか――多分俺は、ついさっき出会ったばかりの高飛車な女に、そんな恨み言を言いながら死んでいくのだろう。
だがその時だった。言わば、俺がドラゴンの大きな口に噛み砕かれるまさに一歩手前の瞬間。それは、背後から吹き抜ける一陣の風と一緒に、聞き慣れた声をまとってやってきた。
「頑張ったね、お兄ちゃん!」
俺はその声をよく知っている。いや、知らないはずが無い。
まさしくそれは……姫の言ていた通りの、俺の取っておきの奥の手だったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます