第31話 毒の姫 その13

 もう1体のドラゴン


 その存在を思い出した俺は、慌てて飛竜の飛び交う上空に視線を移す。しかし……先程の爆発で高々と舞い上がった爆煙は今も広がりを見せて、およそ上空の半分が真っ黒な煙に覆われていた。


「視界が悪いな……。」


 だが……。例え視界が悪かったとしても、その巨体を空中へと持ち上げる翼は巨大な風を生む。いくら煙に隠れていたとしても何かしらの痕跡が見つけられるはずなのだ。


 上空の飛竜達に、それらしき変化は見られないか、巻き上がる煙に不自然な所はないか……。俺はそれを必死になって探した。早くもう一体のドラゴンを見つけなければ、今度こそ俺達が無事でいられる保証は無い――


「駄目だ。もう一匹の位置が掴めない……。」


 俺は焦る気持ち隠し切ることが出来ない。


 先程からもう何度、超空間認識の視線を飛ばしただろうか……。だが、どうしたことかそれらしき気配は全く感じられないのだ。


 だが、焦る俺に対して、姫の言葉は落ち着いていた。


「もう一体は相当に用心深いヤツね。1体目に先に攻撃させて自分は遠くで様子を見ていたんだわ。多分……次のヤツは1体目よりも手強いかも……。でも、焦る事は無いわ。方向はわかってるんだもの。晴れてる場所に見当たら無いって言うのなら……。ヤツは今、煙の向こう側から私達の様子を伺ってるはずよ。」


「でも……。君もさっきの俺の一撃を見ただろ? アレは事前に気の力を充分に溜めなきゃならないから、当然不意討ちには弱いんだ。見えないんじゃ備えようが無いじゃないか。それに……。」


 それに、さっきの一撃だって、俺にはもう一度出せる自信がない。アレは、たまたま姫の言葉が俺の何かを思い出させて奇跡の一撃が出せたのだ。言わばアレは会心の一撃であって、意図的にもう一度と言われて、そうそう出せる代物ではない。


 だからこそ……俺は焦っているのだ。


 だが、姫はそんな俺をあくまでもたしなめる。俺自身は今の状況が、かなり危険なものに思えてならないのだが、姫のその表情には余裕すら感じられて、一切の曇りはなかった。


「私、さっき知ってるって言ったでしょ。貴方になら絶対に出来るって。でも、残念ね。貴方の2撃目の出番は無いの。もしかして貴方……私達にはもう一つだけ奥の手があるってことを気がついてないのかしら?」


「奥の手?そんなもの俺にはこれっぽちも残っちゃいない。もし君が、あのダイナマイト以外にも何か持ってるって言うんなら話は別だけどさ。」


「なに言ってるの?私の奥の手は、さっきでもう使い尽くしちゃったわよ。さすがに2体目は私達の手に負えないから、もう貴方の奥の手に頼ろうと思っているんだけど……。駄目だったかしら?」


「駄目とか、そういうんじゃ無くて、俺にはもう奥の手なんて無いんだって!」俺は柄にもなく声を荒げる。


 今は謎掛けの様な押し問答をやっている場合でないのは彼女も分かってるはずだ。


「やっぱり気がついて無い? いや、もしかして気がついて無い振りをしてるのかしら……。まぁ、そんな事どっちでも良いわね。いずれにしたって、すぐに分かっちゃうことなんだから……。」


 俺は、含みのある姫の言葉がどうしても腹立たしかった。知っているなら言葉で言ってくれ、何か持っているならさっさと俺に見せてくれ――。そう言葉にしようと何度も思った。


 だが、そんな言葉とは裏腹に、俺この毒の姫に期待してしまっている。


 ドラゴンに会心の一撃を放ったさっきの様に、俺に『忘れていた何か』を思い出させて欲しいと……。

 

 彼女は俺の心に発破をかけてもう一度さっきの一撃を期待しているのだ――。そんな都合の良い考えが消してはすぐに浮かぶ。


 おそらく彼女は、以前出会った魔王達の様に『俺の知らない俺のこと』を知っているのだろう。それはくらいは、いくら人間関係に鈍感な俺でも察しはついていた。

 もしかしたら、俺の中には危機的な状況に反応するトリガーの様な物があって、そんな物が突然発動するのかもしれない。それを彼女は知っていて……。


 しかし、それは俺の勝手な憶測に過ぎない。もう一度あの一撃を放てる保証など何処にもないのだ。


 以前、邪神と戦った時のように、死んで強くなるならいくら死んでも構わない。でも……。今は、あの頼もしくも悪辣なエイドリアンも、俺の事を生き返らせてくれた神竜ククルカンもいない…。今、まともにドラゴンと戦えるのは俺しかいないのである。


 俺は、やけくその覚悟を決めて、その手にもう一度剣を構えた。いつ何処から襲ってくるかもわからないドラゴンに、もう一度会心の一撃をお見舞いする為に……。

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