第14話 飛竜 その5

「クソっ。なんてこった!」


 相変らず、爪だの牙だの、価格だの利回りだの……そんな話を続けていたドーマがビクッと驚いて、俺の顔を不安そうに覗き込んだ。


「な、何かご不満な点でもありましたでしょうか?」


「いや、何でも無い。君はその話を続けておいてくれ……。」


 取り敢えず金勘定にご執心のドーマは放って置こう。たぶん今のこいつは周りが見えなくなっている。正直言って、今考えなくてはならないのは、お金より俺達の命の問題なのだ。


「エデン。確かここはそのワイバーンとか言うドラゴンの繁殖地と言ってたな。」


「うん。ルートマップにはそう書いてあった。」


「で、でもルートマップがあるってことは、この道を他の旅人も通るってことだろ?だったら気にすること無いんじゃ無いか?」


「それがさ……。エルドラの姉ちゃんがどうもルートを間違えてたみたいで、俺達が今歩いているのって正規のルートじゃなくて旧道の方なんだよね……。」


 って……


 やっちまったなドーマさん。


 どおりで、道が途中から崩れていたり、かと思えば大きな岩に阻まれていたりしてたはずだよ。下手に武芸が出来るばっかりに進めちゃったけど、たぶん俺達は進めるはずのない道を進んでしまった……ということ。


 つまるところこれは緊急事態である。


 俺達は半ば道に迷った挙げ句、竜の巣に足を突っ込んだ可能性がある。現にドーマはその遺体から激レアアイテムを採取してきたと言っているのだ。


「ほ、他には、何か書いてないか?」


 俺は急かすようにエデン言った。


 だって今の俺は相当焦っている。いや、さっきのドーマの不意打ちにだって焦ったけれど、それとこれとは別。命の危険が迫った時の焦りには及ぶはずもない。


「わかってるよ。ちょっと待って。」


 エデンが少し苛立ちながら答える。こいつだって焦っているのだ。そして先ほど鞄の中にしまい込んだルートマップを引っ張り出して該当のページを慌てて探す。


「あとは……宝石類や貴金属は鞄にしまっておきなさいってのと、春先から初夏にかけて……。ってこれ……ヤバっ。」


「な、何だよ……やばいって、何が。」


「春先から初夏にかけては、ワイバーン繁殖のシーズンなので特に気性が粗くこのルートは通行禁止……って言うのは正規ルートの方で、旧道は十年前にワイバーンの新たな繁殖が確認されてから、全面通行禁止だって……。」


 俺達は旧道を歩いている……


 旧道は全面通行禁止……


 そして……春先から初夏ワイバーンの繁殖期………


「クソっ!これって役満やんけ。」


 ここはもう駄目だ。目の前の敵は強大かつ多勢……。我々の有する攻撃力が過去に邪神を封印する力を有していたとしても、魔道士エイドリアンと神竜ククルカンの力を頼めない今となっては、その時と比べて戦力は半分……いや、それ以下かもしれない。


 ならばもう取れる選択肢は一つ。ここはいわゆる退しか無い。


 まぁ、手っ取り早くかつ、分かりやすく言うならば『道を間違えた所に戻って、ちゃんとした道を歩く!』しか無いのである。


 つまりは、今ここで俺達が引き返したからと言って、何ら俺達に損はないわけで、逆にさっきドーマが見つけてきたワイバーンの爪やら牙やらの価値を考慮に入れて考えれば……


 いや、そこまで言い訳を考える必要あるか俺?


 ここは簡単に……


 なんて考えてたら。エデンに先を越された。こいつ俺のセリフを勝手に奪いやがるの。


「お〜い。レイラ姉ちゃん!ここは竜の巣なんだってさ。引き返すから戻って来て〜!」


 だって……。


 そうだよね普通にそう言えば良かったんだよ俺。どんな時だってレイラは呼ばれれば直ぐに飛んで帰って来るんだから。


  カ……カイル

  エ……エデン

  ド……ドーマ


カ「…………。」


ド「で、竜の巣ってなんですか?」


エ「姉ちゃんが、道案内を間違えてワイバーンの繁殖地に入っちゃったんだよ。」


ド「まさか?」


カ「まさかじゃない。本当だよドーマ。」


ド「……。すみません。実は薄々おかしいなとは思ってました……。」


カ「でしょうね。」


ド「面目ないです。」


エ「まぁいいよ。姉ちゃんに任せきりだったおっさんが悪いんだし。これからは俺も一緒に地図を見てやるからさ。」


カ「エデンお前な……。まぁでもドーマは気に病むな。」


ド「お気遣いありがとうございます。ところで……。」


カ「あぁ、お金の件ならドーマに任せるよ。君の思うようにしたらいい。君はそう言うのが得意そうだしね。」


ド「………いえ、そうではなくて。少しレイラ殿の戻りが遅いのではないかと……そう思うのですが。」


エ「確かにな。でもレイラ姉ちゃんにかぎって……。」


カ「まぁそうだな。妹にかぎって……。」


ド「すみません気にし過ぎでした。」


カ「………。」


カ「……ってまさか、あいつ崖から落ちたんじゃないだろうな。」


エ「まさか。姉ちゃんにそれは無い……。」


ド「そうですね有り得ません。」


カ「いや、ちょっと俺、心配になって来たんだけど……。」



 なんて、戻りの遅いレイラに一同(俺)が少し不安になりけたちょうどその時……。そんな不安をかき消すかのように妹レイラの嬉しそうな声が辺り一帯に響き渡った。


「お兄ちゃん。凄いよ。私ね、ドラゴン見つけちゃった〜!」


 もう一度言う。妹の弾んだ声が、心の底から嬉しそうだった。

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