第13話 飛竜 その4
「えっ?ワイバーンをご存知無い?」
その時のドーマの唖然とした顔と言ったら……。まるでこの世界で俺だけがワイバーン知らないみたいに、まるで電車の乗り方を知らない田舎者みたいに……。
そんなふうに言うもんだからさ。
「な、何だよ。俺……変なこと言ったか?」
なんて言って思わず、たじろいじゃったよ。
「いや、失礼。少し予想外な言葉だったものですから……。」
少し気を使い気味のドーマ。そこまで俺キョドってたかしら……。まぁそれはいいんだけどね。
しかしドーマの予想外とはいかなるものだろうか。もしかして俺が最強だから魔物の事も相当詳しいんじゃないかとか思っていたのかな?
なんてことは単なる俺の勘違で、ここから俺はドーマに懐かしくも痛々し過去を掘り起こされることになるのだ。
「確かに、ワイバーンと言う生物は希少ですし、ほとんど人里に降りては来ません。ですのでその姿かたちを知らないと言うのも変なことではございません。」
うんうん。そうだと思う。正直名前は聞いたことあるけど、普通は流石に姿かたちまでは知らないよ。良かった、俺が常識の無い人間と思われたのかた思った。
俺はほっと胸をなで下ろす。
しかし……。このあとのドーマの言葉が、古い俺の記憶をえぐり出す事になるのである。
「私は以前。レイラ殿からお兄様がワイバーンを退治なさった事があると伺っていたのですが……。」
身に覚えがない。
「いや。倒してないよ。全然倒したこと無い。何なら魔物全般、今まで戦ったことも無いし倒した事もないもん。」
当然ながら全否定する俺。やったこともない手柄を自慢するほど俺は馬鹿じゃない。
しかし、ドーマはなんとも納得がいきかねると言った様子を見せた。そして……そのあと直ぐに彼女はサラリとナニ食わぬ顔で俺の古傷を思いっきりえぐりやがったんだ。
「それはちょっとおかしいですね……。私がレイラ殿からその話を聞いた時に、一緒にワイバーンの鱗も見せていただいたのですが……。確かにあの赤い鱗はワイバーンの物でしたよ。」
本当、ドキッって、心臓が止まるかと思いましたよ。
分かります?この時の俺の気持ち……。
そこかぁ〜。そこにつながるかぁ〜。初っぱなのプロローグのやつじゃん。あれってドラゴンじゃなくてワイバーンってやつの鱗だったんだ〜ってね。
その時の俺は……もう、しどろもどろで、取り繕うので精一杯。
「あぁ~。それね……。そうそう今思い出した。そう言えば確かにワイなんちゃらって名前だったかも……。ウンウン。君の言う通りだよドーマ君。今はっきりと思い出したぞ、確かにあれはワイバーンだった。ありがとう君のおかげだ。」
ごめんなさい。先に謝っておきます。
俺ってやっぱりやったこともない手柄を自慢しちゃうような馬鹿だったんです。そしてその上を、今もう一つの嘘で塗り硬めちゃってます。
ただ、ドーマに今の追加の嘘はなんとかバレなかったみたい。
「もったいないお言葉。こちらこそ先生のお役に立てたなら光栄です。つきましては早速この素材を私達パーティで分配したいのですが……。」
特有の堅苦しい話し方だけど会話が続いてゆくのは相手が気にしていない証拠。分配だってなんだってお好きにどうぞ。
俺はニッコリと微笑む事で、ドーマにそれを伝える。
「死体からの採取、いわゆるバトル無しの場合、拾ったものが半分の取り分。そしてもう半分を残りのメンバーで均等に分けるということで異存はありませんね。」
うん。君の取り分が多いね。でも頑張って君が見つけてきたんだから別に構わないよ。まぁこういう時、普通はパーティ全体の所有物として全体管理するもんだと思ってたんだけどこっちの世界ではそれが普通なのかな?
「あ、あぁ……。良くわからないけど……それでお願いします。」
お金に困っているではなし、俺は彼女の剣幕に押されて生返事。でもそれがまずかったみたい。
俺はこの時、ドーマと言う女性を初めて理解した。
エルドラの王家の血を引く娘ドーマ=エルドラドは、地図は読めないが金銭の管理に関しては、厳格かつ几帳面。要するに金勘定かねかんじょうにめっぽう細かい女だったのである。
それはもう、今すぐにあちらの世界の銀行の受付でもやらせれば、完璧にこなしてしまいそうなぐらいにである。
まぁ確かに、言ったはわ。良くわからないけどって。
「良くわからない?説明が足りず申し訳ございません。それではもう一度説明をさせて頂きます。つまり今回私がワイバーンの死体からの採取いたしましたのは――前足の爪が七つ、牙が十本。それに
まるで窓口で積立ニーサの案内をする銀行員。まくし立てるように続くドーマの営業トークは、もはやBGMになりかけていたその時。
「おい、おっさん……。」
ボリュームを下げたエデンの声が耳元で聞こえた。俺も合わせて小さな声で答える。いわゆるヒソヒソ話ってやつだ
「分かってるって、長いからドーマの話を辞めさせろってんだろ?」
「違うって。」
「じゃぁ何?ドーマ様の分配に口を挟むってか?噛みつかれても知らんぞ?」
「だから違うって。俺が知りたいのは、結局ワイバーンってどんな生き物なのって事。だっておっさんは倒した事あるんだろう?」
一瞬テンパってしまったさっきの記憶が蘇ったけれど、そんな質問なら朝飯前。俺は気をよくして答えてやる事が出来る。
「何だそんな事か。あの時剥ぎ取っとた鱗がワイバーンの物だと言うのならワイバーンはドラゴンの一種。だって俺はあの時ドラゴンを倒したんだからな。」
なんて、また嘘をついちゃいましたが、今更嘘だと言っても話がややこしくなるだけ。コレは必要悪なのだ。
しかしながら、エデンに対しては心が傷まないのはなぜだろうか。
俺はちらっとエデンの顔を見た。もちろん疑っている様子は無かった。
っていうか、顔が青かった。
いや、青ざめていた。そして青ざめた顔で、こう言った。
「ってことはさ……俺達って今。ドラゴンの繁殖地の真ん中にいるってことだよね……。」
その時の俺はそのことを完全に忘れていた。
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