第10話 飛竜 その1

 まぁ、今回の事はさ……


 先走った俺の勝手な思い込みというかさ……。広げかけた風呂敷を結局広げずにもう一度たたむといった、全く不格好な曲芸を弟子たちに披露してしまったわけだけれど。


 俺はここで、魔王達の記憶をいったん横へ置いておこうと思う。


 もちろん、俺個人として今はその話に関わりたく無いと言うのは大いにある。取り敢えず例の賢者がいるエルドラの地に到着するまでは、なんやかんやで気ままな異世界の旅ってやつを満喫したいと言うのも本音だ。


 それにさ……言い訳に聞こえるかもしれないけど。この世界の事を語るにおいて、魔王なんて得体の知れない存在を考慮に入れて話し始めちゃうと、色々と収集がつかなくなっちゃって、とにかく話がややこしくなってしまうでしょ。


 俺が元いた現代日本だって……政治家や知識人達が未来や世界情勢を語る時に、何処ぞの秘密組織が開発したかもしれない人造人間の事やら、何処かの国と秘密協定を結んだかもしれない宇宙人の事までは考慮してないはずだよ。


 あんなこと聞いちゃったら無視をできるほど俺の心は強くない。でもまぁ、結局のところ俺が何を言いたいのかと言うと……。


「問題は起こるまでは無視すべし!」


 といった所なのである。




 さて。牛頭山の麓にある『牛家村ぎゅうかそん』を後にしてから、はや五日いつか。取り敢えず過酷な砂漠の行軍には別れを告げることが出来たが、ここからしばらくは峻険な山々をいくつも越える山岳コースに突入していた。


 まぁ……今のこの状態が、あの魔王達の住まう山で思い立った『高所トレーニング』と言った状態に当てはまるのかどうかはわからないし、確かに薄い空気に息は上るけれども、この苦しさにどれほどの修行効果が有るのかも分からない。


 でも。


 今の俺は弟子たちの確かな変化を心の底から実感していた。


 いつまで経っても俺の立場は兄貴分で、弟子たち三人からの師匠と言う言葉はとうとう得られることは無かったけれど、あの日見せた俺の華麗なる身体能力は少なからず弟子たちに影響を与えていたようなのだ……。


 

 今、俺達が進んでいる道は、幾重にも重なる峻険な山々を越えるこの回廊の中でも屈指の危険地帯である。


 ――赤茶けた岩がゴロゴロと重なり、道と呼ぶには余りにも頼りない足場は、一歩を踏みしめるごとにその破片が奈落へと転落してその行き着く先すら視界に捉えることは出来ない。そして、突如とし現れる切立った断崖はまるでそこが行き止まりであるかの様に旅人達の目の前に立ちはだかるのだ。――


 さて、これは俺達が牛家村で手に入れた『砂漠の回廊ルートマップ(南)』に書かれた文言なのだが、それは誇張された大袈裟な表現かと思いきや……残念な事に概ね文言通り、だいたい合っていた。


「はっきり言って一歩間違えば確実に死ねる……」


 しかし……その日見た弟子たちの姿は、今までとは一味も二味も違う姿だった。


 なんと、彼らはその命がけの道を、突然に全速力で駆け出したのである。崩れやす足場など全く関係ない。その視線は100メートル先の小石の配置まで見据えて、確実に崩れにくい足場を捉えて飛ぶように駆け抜けていく。


 もちろんこれは、先日俺が牛頭山で師匠と呼んでもらう為に弟子たちに見せつけた軽功けいこうの技だ。その鍛錬を、彼らは自ら進んで始めたのである。



 だがしかし……その光景を見て、俺は思わず笑ってしまった。


 いや。頑張っている彼らの手前、笑いはかろうじてこらえたが、はっきり言って彼らの姿が可笑しくて仕方がない。


 何故なら、彼ら三人ともが、漫画やアニメで良く見る走り方。いわゆる『忍者走り』をしていたからだ。


 上半身を直角に近い形で前方へと突き出して、素早く動くのは回転する足だけ。まるで飛行機の羽の様に後方へとピーンって突き出された両手は上半身と共に微動だにしない……。


「いやいやいやいや。ないないないない。」


 もちろん突っ込ませて頂ますよ。


 正直言ってその走り方は無いでしょ。そりゃぁ漫画やアニメなんかだったら見栄えがするかもしれないけどさぁ。それを実写でやっちゃ駄目でしょ。あれは何ていうのかな……漢服の様な中国の民族衣裳だったり、日本の着物だったり袖が大きくて邪魔になる場合に何となく様になるって言うか……。


 それ以前に君たちは何でそんな走り方を知ってるのよ。もしかして俺、そんな走り方見せたことあったっけ?


 まぁ、そんなこんなで、俺もつられて一応『忍者走り』ってやつを生まれて初めてやってみたわけなんですけれども……。


 これが意外にも……いやむしろこれが正解だったのである。ぶっちゃけ走りやすかったし早かった。



 この感覚……。そう言えば忘れていた。


「そう言えば……この異世界って場所は、それが成り立っちゃう様な、そんな面白おかしい場所だったよな。」


 彼らは今。図らずしも、俺にとても大切な事を思い出させてくれたのである。それは当に俺がこの世界で生きている意味と言ってもおかしくはない。

 

 ありがとう可愛い弟子たちよ――


 そうだ――


「俺にはこの異世界って場所で、まだまだ沢山のがあったのだ。」

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