第8話 風 その3

 たぶん俺は不愉快だったのだと思う。


 確かに目の前の三人は俺の前世を知っていた。それは先ほどから脳裏をかすめる古い記憶の断片と一致しているので間違ってはいないだろう。


 でも、何故か彼らの言葉の全てを胡散臭く感じてしまったのだ。


 それはまるで良くできたゲームの主人公の様に彩られた英雄譚ではあったけれど、魔王討伐の当事者達が語るにはあまりにも美しすぎる。そして……いくら神との契約とはいえ、その後の生涯を魔王として生きていくなんて……。多分そこには、何らかの葛藤があった筈なのに、この英雄達は余りにも物わかりが良すぎるのだ。


 多分「この三人は大事なことを何か隠している」と……そう俺は直感で思ってしまったのだ。


 まず気になるのが『真の魔王』と言う言葉。それに魔王達の力比べだと言う『千年大会』の存在意義も漠然としすぎている。


 この世界の過去の英雄達には『魔王』を名乗らなければならない経緯いきさつがあったことは彼らの言葉で理解した。しかし、その英雄達が雌雄を決してとやらを決めることに何の意味があるのか。


 そして、その大会の結果。真の魔王となった勝者は……いったいどの様な存在になるというのだろうか。


「なぁ、真の魔王って、一体何なんだよ――」


 俺は、一瞬そう言いかけて、それを言葉にするのを止めた。


 自分からそれを言おうとしない者達に、今それを言った所でおそらく真実の言葉は返って来ない。つまりこの話はここで終わりだ。


 テーブルの上には、気まずい空気が流れていた。


 その気まずさを作り出したのは俺なのか、それともこの三人なのか……いずれにせよ俺は、こいつ等の言うがまま魔王になどなる気はこれっぽっちも無い。


 黙って席を立つ俺を三人が黙ったまま見送ってくれたのは幸いであった。


 このまま何事もなく魔王殿の門を再びくぐれば、またあの個性的な弟子たちを従えての気ままな旅が待っている。そうだ……ここで聞いた話は全て忘れてしまえば良い。俺が前前前世で何者だったかなんて今の俺には全く関係の無い事なのだから。




 しかし……


 俺が魔王殿の綺羅びやか楼門をくぐろうとした時である。


 今まで一言も声を発すること無く、全てを大人達にまかせていた、ルナと言う幼き聖女がただ一人俺を追いかけて走って来たのだ。


 それはもちろん子供特有のじゃれついた別れの挨拶と言う訳では無い。


 息を切らせた少女は、たった一言……。


「風が吹くの……。」


 そう言って俺を引き止めたのだ。


 もちろんその言葉だけで、俺がその意味を理解出来出来たわけではない。ただ……その『風』と言う簡単な言葉を俺は今日初めて聞いた。


「風って?」


 俺は思わず、そう聞き返してしまった。


「千年に一度ね、この世界中に風が吹くの。」


「いや……風はいつだって何処にだって吹いてるだろ?それとも大荒が世界中を襲うのかい?」


「違う……。風はね。この世界に住む人々の記憶を全部吹き飛ばしてしまうの……。」


 気になる言葉だった……。おそらく少女は俺に何か大切な事を伝えようとしていたに違いない。


 しかし俺は、もうこの一件には関わらないと心に決めていた。だから俺は少女の言葉には取り合わず、少しばかりの笑顔を見せて「また、気が向いたら会いに来てやるよ。」と片手を振った。そして、そのまま立ち止まること無く楼門をくぐると、いつの間にか夕日に赤く照らされた魔王殿を一人あとにした。

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