第7話 風 その2
目の前の三人が語る言葉は、どれもこれもが俺にとって『ゲームの序盤に語られる設定』みたいなもんだ。結局のところ、それは単なる過去の装飾でしか無くて、俺が作り上げた架空の剣聖伝説の答え合わせに過ぎない。
だから、それが自分にとって興味の無いものなら、今を生きる俺にとっては右の耳から左の耳へと通り抜けるほどにどうだっていい話なのだ。
しかし、突然の『カイル魔王宣告』は、はっきり言って……聞き捨てならない。
さっきまでこいつらは、剣聖だ英雄だと気持ち良い物語をつらつらと語っていたはずなのに……突然の魔王ですよ。いくら目の前の魔王達がらしくないって言ったって……。俺の属性まで魔王になってしまったら、俺のこれからの人生に無茶苦茶影響してくるじゃないか。
俺はね。これからの人生を、妹達と一緒にこの異世界を冒険しながらね。悪い奴らをカッコよく懲らしめて……。漫画やアニメの主人公の様に生きていくことを本気で夢見てたの。
そりゃ生まれ育ったあの村で兄妹二人だけで生活していくのは大変だったよ。でもさ、いつの間にか邪竜なんかも倒しちゃったりして、思い描いていた異世界生活とは少し違ったけどさ。頑張って俺も妹もすっごく強くなったっていうのに、それなのに……。結局はテロリストとして王国からは追われることになっちゃうし、挙げ句のはてに魔王認定だなんて……。これじゃぁ、やっと始まりかけた俺の異世界物語が全くの別物になってしまうじゃないですか。
正直ね、俺は王道がいいんですよ。たとえ俺がこの物語の主人公じゃ無かったとしても、妹には王道を歩ませてあげたいの。
だから俺は、こんな設定など望んでいない。
前前前世の俺が魔王を倒したからって、いったいそれがどうしたと言うのか。魔王がいなくなって、世界のバランスが崩れたなんて事。今の俺には、なんの関係も無いはずだろ?
魔王が消えて……神も世界から消えた?それがそんなに困ることか?だって前に俺が住んでた地球には『神』も『悪魔』もいなかったじゃないか。
だからね……。
「この話は無視しよう。」
俺はそう決意した……。
その場所は……。
魔王殿と言うよりは、どちらかと言えば中華様式の豪奢な建物が立ち並ぶ御殿と言ったほうが分かりやすい。もちろん建物内の家具調度品もそれに習って高級そうな物ばかりだ。魔王と言う職業はなかなかに儲かるらしい。
そんな、入ったことも見たこともない贅を尽くした一室で、俺はこれまた気合いの入った彫刻がこれでもかと刻まれたテーブルを例の三人と囲んでいる。
俺は目の前に置かれた茶を飲み干すと、慎重に話を切り出した。
「確かに俺はその一ノ
「そいつは物わかりが良くて助かる。事前に記憶が全く無いって聞いてたからよ。断られたらどうしようかと思ったぜ。」
俺の改まった物言いに
しかし彼は俺の言葉の意図を汲んでくれてはない。
「俺が断る?いったい何を断るんです?」
「何をって、さっきから説明してるだろ?三年後の『千年大会』にお前さんが出場するって話だ。」
「いやいや。俺はそんな大会には出ないですよ。何処の誰が好き好んで真の魔王なんかにならなきゃならないんですか。確かに俺は過去の英雄の生まれ変わりかもしれませんけど、その英雄は俺ではありません。」
少し厳しい言葉選んだ。しかしこの男には、俺のNOをはっきりとした言葉にしなければ伝わらない。そんな気がした。
「は?お前……それを本気で言っているのか?」
男の表情が変わった。俺を脅そうという訳では無いが、そこに含まれたほんの少しの怒気が俺の身体を身構えさせる。
だがそんな俺と魔王の間に割って入ったのが、ヨランダと言う聖女の教育係であった。
「ほら見て下さい。だから彼は断ると言ったでしょう。
「まさか。ただの青年が邪神を倒すかよ。」
「邪神を倒したなら
ヨランダの言葉から察するに、エイリンとはあの残念メイドのエイドリアンのことだろう。たしかあいつは主人の少年にそう呼ばせていた。どうやらこの大男は今の調子でエイドリアンにも振られたらしい。
「ちっ!」
男は少し大袈裟な舌打ちをして見せて、そこから黙ってしまった。とにかく口の立つエイドリアンの事。無駄に一本気な目の前の男に何か下らない屁理屈を捏ねたに違いない。
苦虫を噛み潰したような表情からは、そんなエイドリアンの姿が見て取れた。
もちろん、その時にエイドリアンも俺と同じ様に『大会』の参加を断ったのだろう。
今あらためて思えば、エイドリアンが砂漠の行軍から突然消えたのも、彼女には再びこの場所を訪れる必要が無かったからなのだ。
「今はこれ以上何も言いません。」
男の舌打ちの後。ヨランダは思考の間を少しおいて、俺に向ってそう言った。
しかしその意味を言葉通りに「言いたいことはあるが今は言わないでおく」そう受とることは無意味だろう。こう言う場合、当然その後に続く言葉が本題なのである。
「もし貴方がこの件から身を引くと言うのならそれも選択肢の一つです。ただし貴方が魔王であることは変わりませんよ。否が応でもその時はやってきますし抗うならばそれなりの代償を覚悟すべきです。」
嫌な言い方だった。代償などという言葉を使っておきながら、敢えてその内容を隠すことに何の意味があるのだろうか。しかし、ここで女の言葉につられて再び元の話に戻るのはまっぴら御免である。だから俺は少し茶化す様に言った。
「何だよ。代償って……。もしかしてお前達魔王が、ただの一般人の俺に嫌がらせでもしに来るのかい?」
女の眉間に一瞬シワが寄った。もちろん俺は、ここでこの話を断ち切るつもりなのだ。
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