第4話 牛頭山の魔王 その4

 ひとりでに開らく巨大な扉と言うものは、なんとも不思議なものだ。勝手に動くはずのないものが突然動き出す、それだけで人っていうものはビビってしまう。


 かく言う俺も今はかなり驚いた。


 まぁどうせこのファンタジー世界の魔法や術の類なんだろうけど……おそらくは、この屋敷のあるじが古き友人の来訪を待ち構えていたに違いない。


 ゆっくりと開いてゆく扉の隙間から漏れ出る光がやたら眩しい。この建物のある場所は山の山頂にほど近いが、二つの角に挟まれてどちらかと言えば薄暗い。たぶんそれに目が慣れてしまっていたのだろうとも思ったが……。


 この明るさは、どうやらそれだけでは無さそうだ。


 俺は瞼に差し込む光を手で遮りながら、そっと扉の奥を覗き込む。


 扉の向こうは、もしや天国か、はたまた神界か……。差し込んでくる柔らかな光は俺に思わずそんな事を連想させた。しかしながら、ここは門にも書いてあった通り『魔王殿』だ。魔王が住まうと言うのならこの先は地獄か魔界に決まっている。


 そして、俺は扉の向こうにぼんやりと浮かぶ三つの人影を見つけた。


 真ん中に立つ小さな影と、その小さな影に寄り添うようにして立つ影。そしてもう一つ……ひときわ目を引く巨大な影。


 「これは……。魔王夫婦とその子供か?」


 ほろりと漏れた言葉も、単なる推測でしか無い。俺の、記憶と言えるほども無い前前前世の記憶は、まだ非常に曖昧だなのだ。


 正直に言うと、俺はそうとう緊張していた。


 だって相手は魔王だって言うし、俺にとっては初対面もほぼ同じ。いやいや、本当にね怖いんですよ。マジで。


 しかし


 意を決した俺は……ついに、開かれた扉のさきへとその足を踏み入れる。そして、俺は思わず固唾をのんだ。


 ――なんだ?この空間は……。ここは本当に魔王殿なのか……


 暖かな日差しが俺を包み……そして鼻先をかすめる甘いこうの匂い……。見渡せば、手入れの行き届いた中華様式の立派な庭園に、咲き誇る季節の花々……。そこはあまりにも魔王殿の名とはかけ離れた場所だった。


 そして、呆気に取られる俺に、突然お見舞いされた可愛いタックル。気がつけば腰にまとわりついて、ニコニコと嬉しそうな眼差しを俺に向けて来る可愛らしい女の子がそこにいた。


「おかえり……。九恩クオンお兄ちゃん……。」


 その娘は俺に向かって、そう言った。


 おそらくこれは再会のハグなのだろう。赤い縮れ毛で黒い瞳をした目の大きな女の子だ。こんな明るくて人懐っこい娘なら簡単に忘れられるはずはないなんだけど……。やはり記憶が無い俺はただ戸惑うばかりだ。


「ルーナ様。昔の名前で呼んでは駄目ですよ……。今のこの方の名前はカイル=バレンティン。先日もそう申し上げたはずですよ。」


 まるで先生の様に少女をたしなめるのは、紺色の聖職者の衣裳を身にまとった初老の女性だった。


「だって……。どこからどう見ても九恩お兄ちゃんなんだもの……。」


 少し駄々をこねるように言い訳をする少女に、女性は優しい眼差しを向けなゆっくりと俺に近づいて来る。俺はなかなか足元を離れようとしない少女の頭を軽く撫でながら、老女に尋ねた。


「そんなに、俺は九恩って人に似てるのですか?」


「申し訳ありません。ルーナ様は貴方の魂そのものを見て仰られているのです。」


「俺の魂ですか?」


「はい。魂とは人の本質を表すもの。つまり貴方は九恩殿の生まれ変わりに他なりません。」


 う〜ん分かった様な分からない様な困った答えだ。俺はてっきり魔王とやらに「よっ、千年求敗。久しぶりだな」的な、気さくなやり取りを期待していたのだが……『お兄ちゃん』に『魂』にと、正直頭がついていかない……。


 そして極めつけは大男。


 ノシノシと歩いてくる姿は威風堂々と貫禄さえ感じさせるが歳の頃は40前後といったところ。もちろん俺はこの大男と今まで一度も合ったことがない。


 なのに何故か………俺はこの大男と初めて会った気がしない。だが正直なところ、こんな無骨な大男と「もしかして俺達。入れ替わってる」的な展開なんてゾッとしないのである。


 と、その時。ふと思い浮かんだのは、俺が妹に聞かせるためにでっち上げた『千年求敗物語』だった。


 その中に出てくる『大太刀おおだちの怪人』のイメージに、この大男がそっくりなのだ。身長はゆうに2メートルを超え、筋骨隆々逞しく、黒髪のロン毛を振り乱し暴れまくるキャラクター。『時はまさに世紀末』に大活躍しそうなそのお姿。


 確かキャラ名は……


「どうも、お久しぶりです◯◯さん」


 思わず俺は、大男に向かって自信たっぷりにその名前を言っちゃったんだけど……。アレ?違ったかな……


 それを聞いた時の大男のなんとも言えない顔ったら無かったよ。


 そして大男は、心底がっかりした顔を俺に向けてこう言った。


「なんだよ。やっぱり思い出してねぇのかい。邪神を倒したぁなんて話を聞いた時は、ようやく記憶が戻ったかと思ったが……これじゃ全然じゃねぇか」

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