第2話 牛頭山の魔王 その2

「なぁおっさん。本当にこの階段を登るつもり? 山の頂上にいるのが、あんたの師匠だかなんだかしらないけどさぁ……。本気マジで、そんなの無視してさっと先に進んだほうが良くない?」


 ほら、やっぱり――。


 この延々と牛頭山の山頂まで伸びる石の階段。エデンなら、これを見てすぐに文句を言うんじゃないかと思ったよ。


 でも、まぁ……。これを見れば誰だってそう思うか……。だって、見てみなよ。ゴツゴツと隆起した岩肌の峻険な山に、右へ左へと縫うように続いていく石段。そしてその石段は山頂を隠す雲の先まで伸びているんだから。


 これを見れば誰だって尻込みするさ。


 しかし、良く考えてみるんだ。俺達は、武術家としてのさらなる強さの高みを目指しているんだぞ。だったらこれも修行の一つだと思えばいいじゃないか。それをこいつは全く気がついていない。


 って……


 いや、やっぱり今のは無し。


 今のタイミングで、こいつらはそれに気が付かないほうが都合が良いな……。


 むしろ修行をつける側からしてみれば、こう言う一見意味のないような行動に、実はものすごい意味が隠されているっていうのが醍醐味なんだ。俺は危うくそいつを忘れる所だったよ……。


 例えば、床の拭き掃除とか、水汲みとか……。弟子が「雑用ばっかりで、いつ修行をつけてくれるんだよ!」なんて文句を言ってくれれば、それこそ師匠としての最高の見せ場だ。


 そこで俺は言うわけ。「これまでお前に与えてきた雑用の全てに無意味なものは何も無い!」ってね。そしてある日突然……弟子はいつの間にか強くなっている自分に気がつくの。「あれには……あの床拭きにはそんな意味があったのか……」なんて言わせれば俺の勝ちだね。


 だから逆に文句を言われてナンボなんだよ。


 まぁ、その点だけで言えば……このエデンと言う弟子は、事あるごとに師匠に盾突く百点満点の弟子なんだけどさ。


 それに、実際にこの山登りは相当な修行になるはずだ。もちろん階段を登るだけなんて見た目には地味だけど、足腰やバランス感覚を鍛えるのにはもってこい。

 でも、それだけじゃない。この牛頭山ってのは、麓から見上げるだけでも分かる様に標高がかなり高い。当然だが標高が上がれば酸素濃度だってどんどん低くなってくる。


 例えば酸素濃度が平地の半分……だったとしたらどうする?ただ普通に階段を登るだけなんて言っていられないんだよな。これがさ。


 これがいわば現代のスポーツ科学に基づいた修行『高所トレーニング』ってやつだ!


 ――って偉そうに言ってはみたものの、正直何がどう凄いんだかは専門家じゃない俺には全然分からない。でも、多分だけど『高重力トレーニング』よりは現実的な修行なんじゃないかな。正直あれはちょっと憧れるけどさ、ファンタジー世界では無理なんだろうな多分……。



 それに……俺達がこの山に登るの理由は……実はそれだけじゃ無いの。それは実に下らない俺の個人的な理由なんだけど……俺的には非常に重要な目的があるんだ。ここだけの話し、むしろメインはこっちだと言っても過言ではない。


「俺はさぁ……。この山での修行で、弟子達に圧倒的な格の違いを見せつけやらなければならないんだ。」


 だって、いつまでたってもこいつらったら全然俺のことって読んでくれないんだもん……



 だから俺には、この山を登ると決めた時から絶対に言ってやろうと思っていた言葉があるのだ。それは『弟子達に無理難題を突き付けながら、それを難なくこなしてしまう師匠』なんてシチュエーションでこそ一番輝く言葉。


 そんな時に師匠の口から出る言葉はこれしか無い。


 俺は階段の横の五メートル以上はあろうかという大きな岩の二つを、まるで忍者の様にピョンピョンと飛び越えてから、崖の上で弟子達を見下ろすようにしてその言葉を言ってやった。


「私は先に行って待っているから、弟子のお前たちは後から登って来なさい。」


 本当ね……こんな言葉……間違って山道で彼女とか奥さんとかに言っちゃったら、すぐに大喧嘩ですよ。一瞬で別れ話まで発展しますよ。これは弟子と師匠の関係だから成り立つんです。


 下の石段を歩いて登っている弟子達の、あ然とした顔ったら無い。


 もちろん驚くに決まっている。なんせこんな超人的なジャンプ力をこいつらに見せたのは初めてだったからな。


 実は俺。ここまでひた隠しにしていたけれど身体能力が人としての限界ってやつをとっくに超えてるんです。


 だからこその、このジャンプ力。


 きっかけはもちろん『吸魔内功転換法』で邪神の魔力を内功の力に変えた時だ。ズタズタにされたはずの俺の気脈は神竜ククルカンの力によって奇跡的に元の状態へと戻された。

 でも実際は元に戻ったわけではない。その時。俺の身体にはまだ邪神の魔力を転換した莫大な量の気の力が残っていたんだ。もちろんその力は許容量を超えていて、俺の命を奪うことになるのだけれど……


 ククルカンはその莫大な量の気の力も含めて俺を復活させちゃったもんだから……死ぬ前と違って体内に内在する気の量がハンパない。だから……今の俺は正直言って超強いよ。


 そんでもって……。やっぱりあれは本当だったんだよな。


『死にかけてから生き返ると……戦闘力が上がる』ってやつ。




 そして……ここからは昔話。


 俺にはこの牛頭山の山頂に、どうしても会っておかなくてはならない人物がいる。


 それは俺が千年求敗だった時のお話だ。俺は前世……いや前前前世で何度かこの牛頭山を訪れている。何を隠そうこの牛頭山には俺の古い友人が住んでいるはずなのだ。そしてそれは、たぶん今でも間違いなく……。


 その名前は、泣く子も黙る『混天大魔王こんてんだいまおう


 牛頭山に住む大魔王で――


 またの名を『牛魔王ぎゅうまおう』と言う。


 そして俺はこの古き友人にどうしても伝えなくてはならないのだ。ということを。

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