第79話 カイル Millennium nine swords その2

 全てが終わった。


 この期に及んで「武術大会の決勝戦が……」などと言う者などいないだろう。なんせこのコロシアム周辺には先程エイドリアンが見せた古代隕石魔法によって、俺たち以外は、人っ子一人いない。全員がことの重大さを実感して我

れ先にと逃げ出してしまった。


 もちろん王や貴族達は真っ先に逃げたに違いない。


 一方で、兵隊や騎士達は、市民を避難させることに全力を尽くしたはずだ。


 まさか、エイドリアンは市民を逃がす為に、わざとあの古代魔法を見せて?一瞬そんな事を思ったりもしたが……。


「ないない。あるはずがない」


 だって、俺がふと辺りを見渡して、「しかし、あんなに立派だった闘技場……ボロボロになっちゃったな……」なんて、思わず感傷的な言葉を言った時……。どう言ったと思う?


「何言ってるんですか、本当なら王都全部がこうなるはずだったんですよ、闘技場だけで済んで本当に良かったです」


 だってさ。


 まったく、面の皮が厚いというか、ぶれないと言うか……


 もちろんこの瞬間……エイドリアンを除いて、この場に居合わせた全員が「お前が言うな!」と総ツッコミを入れたことは言うまでも無い。


 そして、やっぱりと言ったほうが良いのだろうが、保護者の登場です。


「ちょっと……エイリン……黙ってて!」


 顔を真っ赤にしたショーン少年が、慌ててエイドリアンの袖を引っ張った。


 そりゃ使用人がこんな調子じゃ耐えられないよな。


 結局、主人によって無理やりにエイリンが頭を下げさせられて……。ショーン少年はというと「本当に、うちのエイドリアンがご迷惑をおかけしました。」と言って平謝り……。そしてエイドリアンにも何回も頭を下げさせて……心中お察し致します。


 まぁ、そんなこんなで、勝手に丸く収まりつつある俺達の一致した意見はと言うと……



「さてと、逃げるとしますか……」


 である。


 こんな場所で何時までも油を売っていたら、騎士や軍隊が戻ってきて事情なんかを聞かれちゃったり……多分する。


 自ら超ヤバい邪神を解き放ち、それを自分達で再び封印するというマッチポンプをやってのけた俺達は、いつの間にか……いや、まさにこの瞬間から……運命共同体であるがごとく行動を共にしなければならなくなったのである。


 だって、この状況で王様に「良くぞ邪神を封印してくれた。褒美を取らそう……」なんてあると思う?


 正直さ、どう小さく見積もってもこれ『国家転覆罪』免れんでしょ。




 

 さて、俺達のそれからは、スリルとサスペンスの王都脱出劇とはあいらなかった。皆んな逃げたり隠れたりしちゃったんだからそりゃそうか……


 人っ子一人いない大通りを、俺達は何に気兼ねすること無く城門へと向かって歩いて行く。もちろん今のところ当てなどない。ただこの場所から立ち去れれば良いだけの話なのだ。




「彼女……。ちゃんとあの技を使えたわよ」


 ちょうど俺達が開きっぱなしの城門をくぐり出た辺りで、エイドリアンがそんな話を俺に振ってきた。目の前にはいつの間にか俺達と行動を共にするはめになったレイラがいる。


 エイドリアンは、俺がレイラに全ての気を与えて倒れていた時の出来事を、教えてくれようとしていた。


「あの技?」


 突然話を振られた俺は、聞き返して直ぐにそれが何のことを指しているのか見当がついた。


 あの技と言えばあの技しか無い。


 エイドリアンがハッとした俺の表情を見て少し笑った。


「ええ。あの技……。貴方がどうしても使いたかったあの技よ。剣聖ちゃんたら、結界の外からちゃんと貴方が戦う姿を見ていたんだわ……。突然、お兄ちゃんが使おうとしていたあの技のことを教えてくださいって、私に聞いてきたの……」


「教えたのか?」


「ええ。教えたわ」


「で、言えたのか?あの言葉は……」


「もちろん言えたわよ。あの娘って、本当に素直な娘ね。あんな変な言葉を一切疑うこと無く一言一句違わずに言ってのけたわ……」


 それは、俺にとって……まさに感無量の言葉だった。 この時の俺は、多分……涙で目が潤んでいたに違いない。ふと振り返った王都の城壁に沈む夕日がやけに眩しかった。


「そうか……あいつは言えたのか。見たかったな……俺もこの目で……」


 隣で、なぜだか満足そうな表情のエイドリアンが笑っていた……。もしかしたら、俺と同じ夢を見た彼女にも何か思う所があったのかも知れない。


 そして……少し時を置いて、彼女はさも当然の様に言う。


「そのうち見れるでしょう? これからはあの娘の側にいてあげるんじゃ無いの?」


 確かにそうだ。これが最後の機会とは限らない。もし再び俺達の目の前に強大な敵が現れたなら……。


 でも……。


「まぁ、こればっかりは妹が望めばだけどな……」


 


 まぁ、確かにこの言葉はイジケていた。


「回りくどい言い方……。自分が一緒にいたいなら頭を下げて頼めばいいのに……」


 呆れる様に、そうエイドリアンが言ったのも頷ける。


 「あるんだよ兄としてのプライドが……」俺はそう言いかけて言葉を飲む。


 そして……まったくエイドリアンの言う通りだと、自らを笑った。

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