第60話 禁忌 その4

 しかしそれは仕方の無いことであった。エイドリアンはさっきからずっとやる気まんまんで魔法陣作っていたのだ。当然それはカイルも知ってたはずである。


 今回ばかりはカイルが先走ったと言うのが妥当であろう。


 しかし……。例えそうだったとしても、カイルの熱くたぎる情熱はおさまることは無かった。。


「……夢だったんだぞ……」


 虚しく腰の横に手を構えたまま、カイルは小さくつぶやく。


「子供の頃からの……夢だったんだぞ………」


 心の底から絞り出すようなその声は、意図せず必殺技を止めてしまったエイドリアンに向けたものではなく、まるで自分自身に向けた言葉のよう。


 そして、ブツブツと呟く様な言葉は、ついには叫び声となってカイルの口から飛び出した。


「俺はなぁ!この世界に来てから……ずっとそれだけを考えて生きてきたんだぞ!」


 それは、まるで辺りを威圧でもするかのような悲しい雄叫だった。


 もし、ここが現代日本ならば、多くの男子がカイルの気持を理解できたのだろう。しかし、そんな気持を分かってくれる人間など、この異世界にいるはずが無い。


 「くそくそくそくそ~っう!」


 カイルはまるで子供に悔しそうに叫び続けた。そしてその様子を後ろから見守るエイドリアン。ここはもちろん今までのエイドリアンのキャラなら、カイルを小馬鹿にするシーンのはずである。


 しかし……


 不覚にもエイドリアンはカイルの気持ちに共感してしまった。彼女は心の底からカイルの気持ちを察するかのように、ボロボロと涙を流して泣いているのだ。


 この女は、もしかしてあの必殺技を撃てなかった悔しさを理解出来ているとでも言うのだろうか……。


 一方で悔しさに我を忘れてしまったカイル。彼は再びその足を大きく前後に踏み込んで、もう一度、例の必殺技を撃つ構えを見せる。


 「クウちゃん……無理なのよ……」


 悲しく呟くエイドリアンの声は、当然カイルの耳には届いていない。そしてカイルはゆっくりと腰を落とすと、気の力を溜めながら両手を後方へと引き下げ……再び。


「かぁ〜」


「めぇ~」


「はぁ〜」


 先程までの輝きこそ無いが、カイルの合わせた両手には再び気の力が充満して行った……。っとその時。運悪くカイルの鼻に小さな虫が入って来て。


「ハァ〜ハァ〜ハクシューン!」


 ベタすぎる展開だったが、大きなクシャミと共にまたもや気のエネルギーはカイルの手のひらから消えてしまうのである。今度はエイドリアンのせいではない。不確定要素の虫の乱入が原因であった。


 ヤケになったカイルはそれから何度も必殺技を試すのだが、その度に小さな邪魔が入り、例の言葉を最後まで言うことは出来なかった。


 それでもまた必殺技の動作に入るカイルに向かって、とうとうエイドリアンが叫んだ。


「もう止めて〜!無理なの……。この世界では無理なのよ!」


 号泣しながら訴えるエイドリアンに、カイルはようやく正気を取り戻した。


「無理って……無理ってどう言う意味だよ」


 全力を出し切り疲れ切ったカイル。肩を落としながら振り返った彼の言葉には、もう今までの力は消えていた。


 でも、カイルのこのような姿を見せられては、エイドリアンは、その事実をどうしてもカイルに伝えないわけにはいかなかった。


 もしかしたら、過去のエイドリアンの様にカイルを絶望の淵に突き落としてしまうかもしれない。しかしそれだけはどうしても今のカイルに知って貰わなければならないのだ。


 そして、エイドリアンは泣きながら、そして心を鬼へと変えてカイルにその事実を伝えた……。

 

「無理なの……。その言葉を言うことが。この世界ではその言葉を口に出すことが絶対に出来ないのよ!」


 そんな決定的な事実にカイルは取り乱す。しかしそれはカイルも薄々感じていた事であった。だからこそ今まで妹の修行でも敢えて直接的な表現を避けていたのだ。


「まっ、待ってくれ……。それじゃあ、もしかして俺の知ってる他の必殺技も?」


「ええ。私も昔ためしたことがあるの……。私ほら、魔法が使えるでしょ。だからあの超有名な日曜の朝にやってた魔法少女アニメの必殺技をね。小さい頃に出そうと試したの。ハピネスナントカだとか、ビューティーナントカだとか……男の子の貴方は知らないでしょうけど。でもね。何度試してみても、どうしてもその言葉を最後まで言うことが出来なかったのよ……。そう。今の貴方の様にね」


「それは……。本当なのか……?」


「悲しいけど本当。貴方だって今ので分かったでしょ。この世界はどうしてか分からないけど、そういうふうに出来ているの……。ねぇ。だから諦めよう。貴方の大好きだったあの言葉は、心の中でだけ……」


 それはとても悲しい言葉であった。


 いつの間にか、カイルの目から大粒の涙が流れていた。そして、エイドリアンもまた……肩を震わせながらカイルと同じ様に泣いていた。


 今までは、なんでも叶うと思われていたこの異世界。カイルだって当然の様にそう思っていた。しかし……現実はそう甘くは無かったのだ。


 いくら見た目が同じでも……。


 あの言葉がなきゃ……。


 そしてカイルとエイドリアンの二人は、この事件をきっかけにより一層の絆を深めて行くのであった………。


 めでたしめでたし。



 なんて、そんな茶番劇でこの物語が終わるわけがない。はっきり言って本当に今はヤバい状態なのだ。


「おい!そこのカエルとエイリアン!お前らいつまでしょうもない事やってるんだ。前見ろ前!」


 そりゃあ、エデン少年も必死に声を上げるはずである。


 テスカポリカがついにその姿を作り変え、四本脚で立つ黒き獅子の完全体へと変貌を遂げていたのである。

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