第61話 カイル THE LAST MASTER その1


 はぁ~。ほんと情けないよ……。

 

 結局、言い訳っぽく聞こえるかもしれないけどさぁ。本当はこの邪神との戦いだって、なんやかんやで上手くいく予定だったんだよ。




 でもさ。


 俺の今は。邪神テスカポリカの目の前で、無様にも仰向けにぶっ倒れている。それだけはどう言ったって言い逃れは出来ない。


「まぁ早い話が、俺達は奴に……邪神テスカポリカに負けたのだ……」




 さて。


 この、外界とは隔絶された魔力結界のドームの中ってのは、けっこう神秘的な世界でさ、ぼやーっと白く光る天井がまるでシャボン玉みたいなんだ。


 多分、魔力の膜が太陽の光を反射して、虹色にキラキラと光ってると思うんだけど……。やっぱ、こっちの世界は不思議だよな……。


 魔力だぜ?


 そんな非科学的なものが実在するって言うんだから、本当に呆れちゃうよな。


 でもさ。やっぱ、こっちの世界も変な所で科学的っていうか……常識的っていうか……。


 まいっちゃったよ。『火を燃やせば、酸素がなくなる』こんな単純なことに、俺達はどうして気が付かなかったんだろうか……。



 


 では、ご説明させて頂きます。


 俺達がこんな有り様になっちゃう前にはこんなやり取りがありまして……。エイドリアンがずっと撃とうとしてた魔法があったでしょう?。話は、まずはそこからです。



「じゃあ気を取り直して、まずは君のお手並みを拝見させてもらうよ」


「ええ。お手並み拝見どころか、これで終わりにしてやりますよ!」


 やる気まんまんのエイドリアンの杖の先には、複雑な模様の魔法陣が次々に重なって行って、それはもう格好良かった。


「しかしすごいな、その魔法陣ってやつ。てっきり魔法陣ってのは平面かと思ってたんだが、まさか立体的な上にそんなに複雑だとはね。でもさ、その魔法を撃つ前に、ちょっとだけどんな魔法か教えてもらってもいいか?」


神代かみよの大戦で使われたと言われる古代魔法です。恐らくこれならいけますよ」


「古代魔法……。凄いじゃないか。で、俺が聞きたいのはその魔法を使うとどうなるのかってことなんだけど……」


「知りません。今まで一度も成功させたことが無いですから」


「しっ、知らない〜!?」


「はい。でも今なら行ける気がするんです。だって、私の側にはクウちゃんがいてくれるから。私、今なら何だって出来ます」


 すっかり仲良くなった俺達。そりゃあ、再開された戦いの最中だって息はばっちりさ。だからこんな和気あいあいな感じで話がはずんで……。


 さて、もう分かるでしょ。あのエイドリアンですよ、むっちゃ嫌な予感がするよね。


 で、俺がふと頭上に視線を向けると…やっぱり


 ぶ厚く立ち込めた頭上の暗雲の合間から、何か良からぬ物が「こんにちわ」って顔を出してるじゃありませんか。


「ストーップ!止めて止めて〜。その魔法止めて〜。なんか真っ赤に焼けた隕石みたいなのが見えかかってるから!絶対にダメ〜!」


 って感じで、王都に隕石の雨を振らせることを、俺はなんとか阻止したわけだけど……。


 実は、その後が問題だったんだ。その後。古代魔法の代わりに俺がエイドリアンに頼んだ魔法が『爆炎魔法』ってやつ。

 

 だって、邪神テスカポリカの奴ったら、むっちゃ毛むくじゃらで、よく燃えそうな見た目だったから……。もちろんその魔法は威力も充分で、テスカポリカを一気に爆炎の中包みこんだ訳なんだけど。


 その後は、前にも言った通りさ……。エイドリアンの爆炎魔法はドーム内の酸素を一気に奪い去って、俺達はいわゆる『酸欠』状態でぶっ倒れてしまったという、何とも呆気ない結末を迎えてしまったんだ。


 もちろんおれはエイドリアンに頼んだよ。結界の魔法を解いてくれってさ。ちょうど、さっきの流星魔法のおかげで観客は皆んな会場から逃げ出していたし、さすがにもう結界も必要無いはずだ。


 でもね、エイドリアンは結界を張ってるショーン少年に、その解き方を教えてないんだってさ……。




 そして……


 次第に遠のいていく意識の中。俺はやっと自分の大きな間違いに気がついた。


「俺は、どうやら勘違いをしていたらしい」


 多分それは。妹のレイラと別れて戦場へと送られた時からじゃないかな……。


 いや。やっぱり違うな。それは初めからだ。


 それは俺がこの異世界に転生した時から、ずっと心の中で表に出る機会を待っていただけなんだ。それがたまたまレイラと離れ離れになったことをきっかけに表に出てきただけ……なのだと思う。


「でもさ。それは仕方ないだろ?」


 俺が漫画や小説でよく知ってる『転生者』ってやつは……。みんなが全員『主人公』だったんだからさ。


 だから結局こんな場面で死んじゃう俺達は、ただの脇役だったって事だ。つまり俺はただのどこにでもいるカエルで、隣のエイドリアンだって……ちょっと特殊だけど大雑把にエイリアンと呼ばれちゃうだけの雑に消費される存在なんだ。


 そう。この物語の主人公は決して俺達異世界人などでは無い。





 酸素が無くなれば、炎も消える。これって常識。こんな事は小学生でも知っている。でも俺達はそれに気が付かなかった。


 結局、邪神テスカポリカを包みこんだ炎も今はもう消えてしまって、俺とエイドリアンから少し離れていたエデンも、やはり酸欠で倒れてしまっていた。


 ここまでくればもう身体も思う様には動かない。俺達には、ただ、死を待つだけの時間が、少し残されているだけだった。


 走馬灯?


 死の直前そんな物を見る人もいるだろう。俺も一瞬だけそんな物を見た様な気がする。


 でも、そんな感傷的な時間も、エイドリアンのつまらない冗談にかき消されて……俺は死に様までどうにも格好がつかないらしい。


「ねぇ。次の世界でも、もし私達が出会えたら……今度は私達……結婚しない?」


 それは、エイドリアンからのプロポーズだった……。


「な、なんだよ、……。こんなタイミングで……」


 戸惑う俺にエイドリアンはすこし冷たい口調で言い放つ。


「逆フラグですよ。もう私達にはこんな事くらいしか出来る事って残ってませんからね。適当でいいんで一応OKしてもらえます?」


 まぁ、一瞬勘違いした俺は少しムッとしちゃったわけだけど……。ぼやけた思考が、案外それも悪くはないと言っていた。だから俺は快く返事をしたんだ。死ぬ間際まで、憎まれ口を叩く必要なんてもう無いから……。


「分かったよ絶対に結婚しよう。だから今度生まれ変わるときは……今みたいに絶対に美人に生まれ変わって来いよ」


「フフフッ……。これでフラグが立ちましたね……。私達死にませんよこれで……」


「あぁ……。そうだな……」


「ねぇ。最後に一つお願いが……」


「なんだ?」


「手を……繋いで頂けませんか。一人で死んでいくのはやはり怖いので……」


 俺も……出来れば繋ぎたかった。でも、俺の身体はもう1ミリだって動きやしない。なのに……涙だけは流れ落ちるんだよな。


「せめて……」


 俺はその視線を天井から横にいるエイドリアンへと送る。意識を失ったのだろうか、エイドリアンは目を閉じて……もうピクリとも動かない。


 俺の滲んだ視線は、いつしかエイドリアンを通り越して結界の外の誰もいない観客席へと向けられる。


 そして思い出されるのは、剣聖……いや可愛かったあの頃の妹の姿……。


「あぁ……。こんな所で死ぬんだったら……くだらない見栄なんてはらずに、レイラに一目会ってやれば良かった……」


 それはこの世での俺の最後の後悔。


 のはずだった……。


 しかし……。


 誰もいないはずの、ぼやけた視線の先には、何故か一人の少女の姿が……。


 あぁ……。レイラ……。どうしてそんな所に立ってるんだよ……。お前もさっさと逃げろって……。


 なるほど、そうか……。お前は主人公だもんな。だったらこの場所に残るべきだ。そして俺が死んでいく姿をその目に焼きつけてくれ……。


 でもさ、お前は俺が死んだ後。無茶苦茶強くなるぜ。世の中の主人公ってのはみんなそうなんだ。悲しみを力にかえることができるんだ。


 あぁ……


「お前もいずれ分かるはずさ。それこそが本当の主人公ってもんなんだぜ」

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