第58話 禁忌 その2

「すみません。ちょっと頭が痛いので、やっぱり私、帰らせて頂きます」


 さて、エイドリアンもここで『古代魔法』的な何かを一発ぶちかませば、汚名をそそぐこともできたのだろうが、帰るって……それはなんでも登場から退場までが早すぎである。


「ちょっ、待て待て待て待て〜い!」


 さすがに慌てたカイルの声がエイドリアンを引き止める。


「メイドさぁ、頭が痛いから帰るって……。ここは学校かよ」


「もう、私には無理です……。今、心が死にました。あのやり取りを全部聞かれていたなんて、恥ずかし過ぎて消えてしまいたいです……」


「はぁ~? 全部お前がしでかした事だろう。いくらお前にも責任感ってのがあるだろうが」


「だから。心が死んだって言ってるでしょ。貴方は死んだ人間に責任を取らせる気ですか……」

 

 全くもって、エイドリアンと言う女は、さすがのカイルでも音を上げたくなるほどの『どうしようもない女』であった。


 プライドが高く口は立つ癖に詰めが甘い。そして、この手の施しようがないほどの逃げ癖……。しかし、遠い記憶の中で、カイルはこんなどうしようもない人間を一人だけ知っている。


 友達?……親? それとも……兄弟?


 いや、今のエイドリアンの姿。それはまさに前世でのカイル自身の姿なのだ。

 そして、カイルはそんなエイドリアンの姿を見れば見るほど、前世での黒歴史が身悶えしたくなるほどに脳裏に蘇ってくるのである。


「あぁ~まったく損な性格だぜ……。見てるこっちが耐えられないよ。こんなにどうしようもないんじゃ、つい引っ張り上げたくなっちまうじゃねぇか……」


 エイドリアンと前世での自分と重ね合わせたカイルは、思わずそうつぶやく。もちろん根っからの師匠気質のカイルのこと。ここに来て、あろうことかこのどうしようもないエイドリアンの性格を矯正しようと言うのだ。


 今?ここで?


 魔人と戦っているタイミングなのに?


 そう。今、ここで、このタイミングでである。


 ある意味、誰よりもエイドリアンの性格をよく知っているカイルには秘策がある。それを使って彼はたった3分でエイドリアンの性格を直して見せるつもりなのだ。


 さて、その手順だが、端的に言うとカイルは『怒らす。手を差し伸べる。泣かす。寄り添う。』の順でエイドリアンの深層に訴えかける。そうすればあら不思議。そこには『綺麗なエイドリアン』の姿が誕生……。と、そう簡単に事が運べば良いのだが。


 そんな事が上手くいくかどうか、カイルにだってそんな事は正直言って分からない。しかし、この魔人を倒すにはどうしてもこのダメダメメイドの協力が不可欠なのだ。

 




「全くさぁ……。お前。こっちの世界でも全然変わってねぇのな。あの時みたいにまた逃げるのか?」


 そんな意味深なカイルの言葉に、エイドリアンは何か心に響く物があったのだろうか、思わずハッとした表情を浮かべていた。

 しかし、エイドリアンはその心の動揺をあくまでもプライドという名の盾で覆い隠そうと必死になる。


「逃げる?何を言ってるんですか……。これは合理的な判断ですよ。もしかして、貴方は本気で人間が邪神に勝てると思っているんですか?」


「お前はいつもそうだった……。でもさ。そんなもん、やってみなくちゃ分からないだろ」


 もちろん本当にそうだったのか、そんな事はカイルにわからない。しかしカイルはそうだった。常に失敗して自分の盾が壊されることばかりを恐れていたのだ。


「やって見なくちゃって……。貴方だって私と大して変わりは無かったでしょうに……。なるほど、貴方は変われたんですね。こちらの世界で……。そりゃぁよろしゅうございましたね。さぞかし貴方は恵まれた異世界生活を送られたことでしょう」


「いじけんなよ……。俺には分かるぜ。お前は突然こっちの世界に飛ばされて大変だったんだろ?ほんと、たった一人こんな過酷な世界で今まで良く頑張ってきたよな。でもさ、ここで変わらなきゃ、お前の人生は前のいじけた人生へ逆戻りだぞ」


「し、知ったような口を聞かないでよ。私が今までどうやって生きてきたかなんて知らないくせに」


「あぁ。知らない……。でもな……もうお前は一人じゃない。俺はもうあの時みたいにお前を一人にはしない」


「うそ……」


「嘘じゃない。」


「ほんとに……?」


「あぁ。本当だとも」


「今度こそ、絶対に私を守ってくれるの?」


「約束するよ。今度こそ絶対にお前を守ってやる。だから、一緒にこのピンチを乗り越えよう」


「うん。じゃぁお姉ちゃん頑張る。クウちゃんと一緒にこのテスカポリカを倒す!」


 ハイ。矯正完了です。


 さて、今の会話のどこが『怒らす。手を差し伸べる。泣かす。寄り添う。』だったのだろうか……。いや、そんな事はいまさらどうだっていいのだ。

 

 いつの間にかカイルもエイドリアンもその目を涙で潤ませていたのだから。


 同じ異世界に転生した者同士、環境は違えど心に通じ合う物があったのであろうか。


 それは傍から見れば微笑ましい光景……。


 いや、そんな事よりもカイルにはちょっとした違和感が……。


「ん?クウちゃん……俺が? で、誰がお姉ちゃんだって?」


 口からでまかせを言っていた結果、いつの間にかカイルはエイドリアンの弟ということにされてしまったようである。

 まぁ、でも。これは自業自得、はたまた身から出た錆と言ったところだろう。わざわざ目から涙まで流して女心を弄んだバツである。



 しかし、ここまで時間にして2分強。少し時間はオーバーしてしまいまったが、これで魔人と戦う準備がようやく整ったのである。


「まぁ、やっとやる気になってくれた事だし、いっちょ盛大にやったろうぜ。なぁお姉ちゃん。」


 そこは多くを気にしないカイル。彼はいつの間にか弟になりきってエイドリアンにそう声をかけている。


 とうとうやる気になったエイドリアン。そして瞬く間に杖の先に構築される魔法陣。幾重にも重ねられたその魔法陣は、自ら大魔道士と豪語するに相応しいほどの禍々しさである。


 そして、ついに覚醒したエイドリアンの極大古代魔法が……。

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