第57話 禁忌 その1

 さて、先程から必死に魔人の攻撃を凌いでいるエデンとカイルではあるが、終始攻撃を受け止める事に必死で、なかなか反撃に転じる事が出来ないでいた。


 それもそのはず。魔人の繰り出す斬撃は見る間に力を増して行き、もし彼らが魔人の攻撃を受け止めなければ、観客席の人々に被害が出てしまうかもしれないのだ。


 しかし。


 突如として頭上に出来上がったドーム状の透明な壁のおかげで少しの間戦闘は中断することとなる。


 それは膨大な魔力で作り上げられた魔力結界。魔人はその魔力に反応して、カイルとエデンを置いて辺りを警戒しているのだ。


 そんな中。悠然とした足取りのエイドリアンが登場する。本人としては満を持してとでも言った心境なのだろう。その立ち振舞いはなぜだか余裕に満ち溢れている。


「おいメイド。これはいったい何だ?」


 一時中断、と言っても今は戦闘の最中。カイルは、そんなエイドリアンの悠長な姿に苛立ちを隠せない。自然とその言葉は荒くなっっていた。


 しかし、そこはエイドリアンである。カイルの苛立ちなど気にも止めていない様子。あくまでも上からの目線でカイルの言葉に回答する。


「魔力結界ですよ。私が戦うにはこの場所は狭すぎますから。この舞台上をいわゆる結界で覆わせていただきました。私の攻撃魔法は少々お転婆が過ぎますので、もし観客席に被害が出ても困るでしょう?」


「チッ、偉そうに。正直にコントロールが悪いって言えばいいだろ?」


「何を言ってるんです?私の魔法はコントロールが悪いんじゃなくてお転婆なんです。まったくこれだから魔法の素人は……。まぁ好きにすればいいですが、巻き添えを食らいたくなかったら、貴方も後ろに下がった方が良いですよ。」

 

 なるほど、いかにもエイドリアンらしい答えである。


 しかしそんな余裕も、これからすぐに無くなってしまうのだが……。


 この時。カイルがどんな顔をしてエイドリアンと話していたのか。ウサギの被り物にかくれてその表情が見えなかったのは、やはりエイドリアンにとって不幸だったと言っていいだろう。


 カイルの表情は、それはもう、何とも言えないニヤけた顔で……。もし見えていたならエイドリアンもここまで格好をつけることは無かったに違いない。

 



「今さら格好つけたって無駄だぜ……。お前さん。さっきは逃げようとしていたんだろ?」


 それは、エイドリアンにとって全く予想外の言葉であった。


「は?何を言っているのですか……」


 エイドリアンにはさっぱり意味が分からなかった。さっきの観客席での坊ちゃんとのやり取り。必死で魔人と闘っていたカイルに知られるはずがないのである。


「何をって……。お前さ、あれだろ。ビビッて逃げようとして坊ちゃんに説得されたんだろ。」


 何故知っている?理解を超えた状況にエイドリアンは動揺の表情を隠しきれないでいた。


「いやいやいや……。ちょっと待って下さいよ。私が逃げようとしたなんてあるわけ無いじゃないですか。この大魔道士の私がですよ………。あり得ないあり得ない。」


 全力で否定をするエイドリアンを、カイルはただ黙ったまま冷ややかな目で見つめている。


 そして……。


 返事は無くとも、そのそカイルの余裕な立ち姿は、エイドリアンに決定的な事実を伝えていた。




――こ、これは。バレてるかも……。


「って……。も、もしかして……貴方。見ていたのですか?」


「見てたも何も、お前達の会話、大音量で会場中に響き渡ってたからな……。お前さ、声のボリュームを下げ忘れてただろ。」


 その通りであった。エイドリアンはドーマ優勢の状況に浮かれていたため、拡声の魔法効果を維持したまま会話を続けていたのである。


 もうここまで来れば、さすがのエイドリアンにも嫌と言うほど理解出来る。


「え?会場中に聞こえてた?どう言う事なの?……あっ……これ……私ったら拡声の魔法を……。ど、どこから……どこから聞こえていましたか?」


「全部だ。ナントカって邪神の封印がどうしたって言うお前さんの独り言のところから、坊ちゃんとのしょうもない三文芝居まで全部だよ!ほんと聞いててこっちが恥ずかしい。変な気を使わすなってんだよ。」


 その言葉はエイドリアンにとって、本当に決定的であった。


 エイドリアンは、魔人を復活させるという失敗と、あげくこの会場から逃げようとしたことを全て、あろうことか自らが会場全体に響き渡る声で言いふらしていたのである。


 そして、エイドリアンは小さな声で一言。



「すみません。ちょっと私、頭が痛いので、やっぱり帰らせて頂きます。」


 そう言った。

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