第55話 決戦 ドーマ対エデン その9

 ドーマとエデンの試合は、やはりと言うべきか技術的に優位に立つエデンが優勢のままで進んでいった。現代で言えばスポーツカーに乗った一般人と軽自動車に乗ったレースドライバーに例えればわかりやすいだろう。


 いくらドーマのスピードが上がった所で、彼女のそれを使いこなす能力が明らかに足りていないのだ。



 しかし……


 相変わらず観客席の最上段から試合を眺めていたカイルは、突如ある異変に気が付く。


 突然。優位に立っていたはずのエデンが、ドーマの一振りによって舞台の端へと弾き飛ばされたのだ。確かに身体強化の魔法を使いこなせばそれも可能かもしれない。ただ、それだけでは説明出来ないほどドーマの動きが明らかにそれ以前とは全く変わっていたのである。


「チッ。これがあのメイドの言っていた封印を解くというやつか。さすがにこれはヤバいな。」


 カイルはエイドリアンが言っていた言葉を思い出す。「封印を解く」その言葉の意味はわかりらないが、ドーマのスピードに加えて、一振りで人間を弾き飛ばすパワーまで手に入れられては、いくら技術的優位に立っていようがエデンにはもう勝ち目はない。


 何度も弾き飛ばされながらも、果敢にドーマの一撃を受け止めるエデンの姿。カイルがドーマのもう一つの異変に気がついたのはその時であった。


 エデンと闘っているドーマの様子が明らかにおかしいのだ。


「お、おい……。ちょっと待てよ……。」


 カイルは沸き立つ歓声の中、慌てて眼下の会場へと駆け下った。このまま試合を続けさせてはいけない。理屈ではなく肌にひりつくような武芸者の勘、もしくは恐怖心がカイルの体を突き動かした。


「やばいぞエデン!なんだか相手の様子がおかしい。さっさと降参しろ!」


 そんな師匠の声に、エデンは必死でドーマの攻撃を受け止めながら訴えかける。


「そんなのさっきから分かってるっつの。でもさ、こいつのことこのままにしておけねぇじゃねぇか。」


 たしかに、その時カイルが見たドーマの姿は、今までエデンが闘っていた彼女の姿とはまったくの別人であった。


 いつの間にか身体を包み込む黒いオーラ。そして真っ赤に染まった瞳……。その姿からは徐々にドーマの面影が消えて行く。


 それは、まさに神話などで語られる魔神の姿……。


「バカ。分かってたんだったら、そういう時は師匠助けて下さいって早く言えよ。」


「すまねぇ師匠。助けてくれ!」


 再び打ち込まれたドーマの攻撃をエデンはなんとか避けながらそう叫んだ。


 もうこうなっては、決勝戦だ何だとそう言った次元の話しでは無い。カイルはエデンを助太刀するために、階段を駆け下りる勢いのまま、飛ぶように舞台上へと躍り出た。


「おい、エデン。やっぱこいつは正気じゃねぇな。覚えているか?こいつが第一試合の女騎士と闘った時の事を。あの時の最後と同じだ。こいつは何かに飲まれちまってる。」


 突如舞台に踊りだしたピンクのウサギの着ぐるみに、観衆は何事かとざわつくのみ。さすがに彼等が危機的な今の状況を理解できているはずはなかった。



 そしてVIP席。ドーマ優勢に酔いしれるエイドリアンの横で、先に異変に気が付いたのはダメダメメイドの主人の方、ショーン=ロゼットお坊ちゃんであった。


「ちょっとエイリン。なんだかエルドラのお姉さんの様子がおかしいんだけど……」


「大丈夫ですよ。だって勝ってるじゃないですか。」


「でも、なんか身体から黒い瘴気みたいな……」


「ああ、問題ないですよ。封印を解いたので、おそらくドーマの身体から魔力が溢れているのでしょう。魔力が可視化された場合はその素質によっていくつかの色に色分けされるのです。もちろんドーマの場合は神竜ククルカンの加護がついてますから、その色は白……。」


「えっ、あれが白?」


「ええ白き魔力……。ん?良く見るとあれは黒ですね……。あれ?おかしいなぁ……。」


 はたと気がついたエイドリアンの背中に、経験したことの無いような悪寒が走ったのは言うまでも無い。


「これって、まさか……」


 舞台に目を移したエイドリアンが目の当たりにしたもの。それはいつの間にか魔神と化したドーマの姿であった。

 


 既に舞台上でドーマを相手にしていたカイル。二人がかりでもらちが明かない戦況に業を煮やして、彼は大声でエイドリアンを問い詰める。


「おい。メイド!お前、ドーマにいったい何をやったんだ。こいつさっきから正気を失ってるぞ!」


 しかしエイドリアンの頭の中はそれどころでは無い。


「ああ〜。もう静かにしてください!」 


 煩わし気にそう言うと、彼女は必死に思考を働かせる。 

 

 いったい自分が何をしでかしたのか……それを知るために……。



 え、えっと……伝説ではエルドラが滅亡したのは……そう、千年前。その時に確か神竜ククルカンは封印されたはず。でも……神話ではククルカンは邪神を押さえつけていたと記されていた……。

 ん?ちょっと待って……。ククルカンがなぜ封印されなきゃならないの?そもそもエルドラの歴代王族は身体にいったい何を封印していたのかしら……。だって、ククルカンが邪神を押さえつけていたんでしょ?

 だとしたら……。も、もしかしてエルドラの王族が封印していたのは……邪神?体内に宿したククルカンで邪神を封印していたのではなくて、ククルカンの力を借りて自らの身体に邪神を封印していた?

 でもでも、ドーマの身体には確かにククルカンの……。えっ……これってまずい展開じゃない?


 まずい……まずい…まずい…まずいまずいまずい……超まずい。


 そうよ。ククルカンはドーマの身体の中で邪神を封印していたんだわ。それを、私がククルカンの力を無理やりに引っ張り出したものだから……。



 ヤバ……マジ終わったわこれ……。




「坊ちゃま……まずいことが起こりました。私……ドーマの体内に封印されていた邪神テスカポリカを、呼び覚ましてしまいました……。」


「えっと、それってどうなっちゃうの?」


「お、おそらくは……この王都が火の海に……。だから、坊ちゃま逃げましょう。早く。」


 慌てて席から立ち上がるエイドリアン。彼女はショーンの腕を無理やり引っ張り、コロシアムの出口へと駆け出そうと慌てて席を立った。もはや邪神の封印が解けてしまったこの状況ではエイドリアンに出来る事など逃げること以外に何一つないのだ。


 しかし、ショーン少年はそんなエイドリアンの手を無理やりに振りほどく。そして、あろうことか魔神のいる舞台へと駆け出したのである。


「いけませんお坊ちゃま。もう私達には……。」


 エイドリアンの悲痛な声が響く。舞台へ下りてしまえばもう後戻りは出来ない。だが、それでもショーンをもう一度連れ戻そうと追い縋るエイドリアン。


 しかし、そんなエイドリアンに向かってショーンは、単なる少年らしからぬ毅然とした態度で答えるのであった。


「駄目だエイリン。あのエデンという男の子だって、彼の師匠のウサギさんだって逃げ出さずに闘ってるんだ。君はドーマの師匠なんだろ?だったら君こそがやらなくてどうするんだ!」

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