第54話 決戦 ドーマ対エデン その8


 突然の師匠乱入にドーマとエデンの二人は、舞台上で顔を見合わせ苦笑いをするしか無かった。


 気の抜けてしまったエデンは、仕方なく前方に構えていた棒を一度下へおろす。


 もう一度気持ちを入れ替えなければ勝負にはならない。それは対するドーマも同じであった。


「お互いにやっかいな師匠を持ったものだな。」


 ドーマの口から思わずそんな言葉が漏れる。そして、その言葉に心の底から頷いたエデン。


「本当だよな。すぐに適当なことを言うし、無茶振りばっかり……。でもさ、気がつけば腕が上がっちゃてるの。ほんと不思議だよ。それに、俺の師匠はマジであきれるくらいに強いんだ。」


「それはエイリン様も同じだ。おそらく気位きぐらいが高いせいであろうが、あのお方は私に対して常に素っ気無い態度を取られる。しかし、必要な時には必ず私に手を差し伸べてくださるのだ。そして誰よりも賢くていらっしゃる。」


「師匠ってのは、だからこそやっかいなんだよ……。」


「確かにそうだな。」


「しかし、それでもお互いに、師匠のことを敬愛している。違うかな?」


「まぁそうかもな。馬鹿な師匠ほど可愛いって世間では言うだろう?」


「おい。言っておくが私の師匠は馬鹿では無いぞ。」


「それって、今大声で響きまくってる二人の会話を聞いても言えるのかい?」


「そ、それは……」


「まぁ、無理すんなって。結局さ、変な展開になっちゃったけど、俺は師匠が言う通り今度こそ本気で行かせてもらう。それだけだよ。」


「もとより私もそのつもりだ。」


 頭上で争う師匠達を尻目に、エデンとドーマには同じやっかいな師匠を持つもの同士、ここに来て奇妙な連帯感が生まれつつあった。ある意味、意気投合とはこういう事を言うのであろう。いつしか二人の会話からは笑い声すら聞こえてくる。


 しかし、彼らはこのまま馴れ合いを続けていても意味のない事を知っていた。今はお互いが雌雄を決する決闘の最中。この二人にもうこれ以上の言葉を交わす時間はあまり残ってはいない。


 その証拠に、何気ない言葉を交わす二人の間には、徐々に緊張感が戻り始めていた。


 いつしかドーマはその曲刀を鞘から抜き、エデンもまたそれに呼応するようにゆっくりと棒を前方へと突き出していた。


 後はお互いが会話の中で試合再開の合図を確認し合うだけである。


 しかし。エデンにはその前に一つだけどうしても気になる事があった。それは先程、エイドリアンがドーマに向かって叫んでいた一言である。


「ところでさ。あんたの封印を解くってどう言うことよ?」


「さぁな。私にもわからん。だが、エイリン様はいつも万物の深淵を覗いておられる。私ごときに分からなくともあの方が仰っしゃられるのなら、何かがある。」


「ふ〜ん。万物の深淵ねぇ〜。気になるなぁ……。」


「なぁ、馴れ合いはもう十分だろ。さっさと始めよう。」


 焦れたドーマがその話題を断ち切って、あえて見せつけるように身体の重心を下げた。それはこの試合が始まった時と同じ、突撃のポーズ。相手の話に乗れば、タイミングを狂わされる。ドーマがそれを嫌ったのだ。


 一方のエデンも、いつの間にかその下半身には充分な気の力を送り込んで、ドーマの突撃に備える。あれだけカイルに修正されれば、今度はドーマがタイミングを外す事はあり得ない。エデンにもそれは分かっている。


 今度こそ、ドーマとエデンの決勝戦。まさに二人の正真正銘の激突なのだ。


「まったく。上のみっともない口喧嘩を止めさせる為には俺たちがさっさと決着をつけるしか無いな。」


「そう言う事だ。」


 その言葉を合図に、両者はまったくの同時に相手に向かって飛び出した。今度こそ会場に大きな音を響かせて激突する両者の武器。


 今ここに、お互いの師匠の身勝手な喧嘩を肩代わりするエデンとドーマの闘い………もとい、剣と魔法の代理戦争の火蓋が切って落とされたのである。

 




 さて。



 やっと始まった本当の意味での決勝戦。お互いに色々と背中には厄介な物を背負わされているのだが、これで二人共、心置き無く全力で闘えることであろう。


 しかしその時、VIP席の片隅では、一人の凛々しい少年と、そのメイドの間で何やら怪しげな会話が繰り広げられていたのである……。

 

「ねぇ。エイリン。さっきの封印を解くとはどう言う事?」


「坊ちゃまはドーマが王族の末裔だということご存知ですか?」


「うん。エルドラ王国でしょ?遠い昔、ある日突然国が全部消えちゃったんだよね。」


「そうですよ。坊ちゃまは良くご存知ですね。彼女にはその王族が代々受け継いできた秘めたる神の力をその身に宿している様なのです。」


「……それを、エイリンが解いちゃうの?」


「ええ。もちろんドーマが負けそうになったらの話です。」


「ねぇ、それって………本当に大丈夫なの?封印なんでしょ。」


「心配なさらなくても大丈夫ですよ。エルドラが崇拝していた神はククルカンと呼ばれる善良な神です。封印を解くとは言いましたがその力をちょっと借りるだけなのです。さほど気にすることはございません。」


「な〜んだ。物知りなエイリンは全部知ってるんだ。なら大丈夫だね。僕、ちょっとだけ心配しちゃったよ。」


「はい。大丈夫でございます。魔法のことならこのエイリン何でも知ってるんですから。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る