第51話 決戦 ドーマ対エデン その5
得体のしれない痛みと衝撃で、ドーマは攻撃のバランスを崩してしまったはずだった。しかし、不思議な事にその結果はドーマが想定していた結果とはまったく違っていた。
気がつけば、理由もわからぬままにドーマが振り下ろした刀を、エデンはかろうじて自慢の木製の棒で凌ぎ、体勢を立て直すべく慌てて後ろへと飛び退いたのだ。
そして……
それと同時に、突然ドーマの尖った耳に見知らぬ男の声が聞こえてくる。もちろんそれはカイルの声なのだが、その声は彼女にしか聞こえていない。彼はその声に特殊な気の力を込めてドーマの耳に直線その声を送り込んできたのだ。
「とにかく全力で前へ出ろ」
もちろんドーマにカイルの真意が分かるはずはない。しかし彼女は咄嗟に男の声に従った。今は眼の前の敵を追い詰める絶好のチャンスである。迷っている暇はないのだ。
すかさずエデンへと追い縋るドーマ。スピード勝負となれば、もちろん身体強化の魔法を駆使する彼女が有利。その距離が一気に縮まった。
そして、再びドーマの耳に男の声が聞こえた。
「今からお前の剣法を修正する。流れに逆らわず身を任せろ。そして身体で覚えろ」
不意にドーマの視線が泳ぐ。
――もしかして、これは師匠が私を導いてくれている?
そう思ったドーマが思わずエイドリアンの姿を探したのだ。
「よそ見をするな。お前は、この小僧に勝ちたいんだろう。ならば俺の言う事を聞け」
再び聞こえたのはやはり男の声。この物言い、間違ってもこの声の持ち主はエイドリアンなどではない。
だが、男の言う通り、確かに勝ちたい。いや勝たなくてはならないのだ。
そんなドーマの執念が、得体の知れない声を本能的に受け入れる。そして次々と身体を打ち抜く氷弾によって、ドーマの身体は彼女が想像すら出来ない型とリズムで動き出すのである。
「踏み込みが早い。お前のスピードなら相手が動き始めてからでも十分に間に合う。なら踏み込みをワンテンポ遅らせるんだ」
その都度聞こえてくる的確な指示は、今までギクシャクとしていたドーマの動きに流れを与えて行く。そして、その滑らかな動きから繰り出す刀は、エデンに体勢の立て直しの隙を一切与えようとはしなかった。
「今度は遅い。思考が追いつかないなら、速度で調節しろ」
的確な指示。そして、まるで身体の動きを支配するような氷弾によって、ドーマの剣法は、瞬く間に矯正されて行った。
「くそっ。急に何がどうなったってんだよ……」
突然、動きに鋭さをましたドーマの刀。その対処に追われてエデンの口からは泣き言が漏れる。舞台の端まではもう少し。これ以上後ろに下がっていては、エデンにもう後はない。
一方で、たたみ掛ける様にドーマの身体をカイルが放った氷弾が幾度となく貫いて行く。
エデンを舞台端へ追い詰めて斬り込もうとすれば、今度は氷弾が背中へと当たり、ドーマの意図とは関係なくその姿勢は前かがみになる。そして次の氷弾によって振り上げ損なった右手は、そのまま前方へと突き出す形となった。
「バカ師匠め。このままの勢いで俺を負かそうって腹じゃねえだろうな!」
セオリーを無視したトリッキーな動き。そして狙いを自在に変えるドーマの刀はそ、の瞬間瞬間にエデンのウィークポイントを的確に突いて、エデンに反撃のチャンスを一切与えなかった。
今、まさにドーマの刀はエデンの鼻先をかすめるように突き出された。そしてその距離が僅かに足りないと見るや、今度はその標的を一転してエデンの武器へと変化させた。
いや、おそらく狙いは初めからエデンの武器のほうだったのかも知れない……。
その流れる様な動きに、エデンの対処は後手へとまわる。もちろん咄嗟に刃を受け止める羽目になった自慢の木製の棒に気の力を込める余裕などあろうはずがないのだ。
エデンにはもう分かっていた。何故自分がこんなにも無様に追い詰められているのかを……。
さすがに彼も、まさか自分が使った技で自らがここまで追い詰められるとは思ってもみなかっただろう。今ドーマが使っている剣法はどう見ても『千年九剣』なのである。
見事に構築された連携技。それはエデンがドーマの刀を受け止めた時から始まっていた。彼女………いや、この場合、ドーマの動きをコントロールしていたカイルは、最初からエデンの武器を真っ二つにぶった斬る事だけを狙っていたのである。
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