第52話 決戦 ドーマ対エデン その6

 ドーマが繰り出す曲刀は一直線にエデンの持つ棒に狙いをつける。


 なすすべもなく舞台の端まで追い詰められて、その上たった一つの武器まで破壊されてしまっては、もうその先には敗北しか残っていない。


「くそ!これまでか……」


 エデンは覚悟を決め。


 しかし……。


 どうしたことだろうか。ドーマの曲刀で真っ二つにされるはずだったその獲物は、まだ一つに繋がってエデンの手元に残ったまま。


 もちろんカイルはドーマが最期の一手を振るえるように氷弾を撃ち込んでいた。


 しかしドーマは、勝利まであと一歩と言う所で自らの意志で、その動きをピタリと止めていたのだった。


 ゆっくりと刀を下ろしたドーマは、エデンの眼の前でくるりと背中を見せると、まっすぐに舞台の中央へと戻っていく。そして背中越しにエデンに語りかける。


「これでは意味が無い。やはり、初めから仕切り直そう」


 無防備に背中を見せたドーマに、エデンは不思議そうに訊ねる。


「意味が無いって?お前は勝利が欲しいんじゃないのか?」


「いや勝利は欲しいさ。でもこんな勝ち方では意味が無いのだ。正直に言おう。今、君を追い詰めたのは、私自身の実力では無いのだよ」


 無論エデンにもそれは分かっていた。今さっきエデンを追い詰めたドーマの剣法は、まさに『千年九剣』だ。そして、その裏にはエデンの師匠にして千年九剣の使い手カイル=バレンティンの介入があったことは明らかなのである。


 しかし、どんな理由があろうが勝利は勝利。この決勝戦で勝利を得た者には巨額の賞金と、絶大なる名誉が手に入るのだ。普通なら、そんなチャンスをみすみす棒にふるような人間はいない。


 その真意を測りかねたエデンは、あえてもう一度ドーマに問う。


「勝ちを欲しがらな無いやつなんかいるわけがない。いったいそれはどう言う魂胆なんだ?」


 それはある意味、負ける為にこの決勝に挑んだエデンの自問自答でもあった。


 そして、ドーマもまた、敢えて勝ちを捨てた自分に言い聞かせるかのように、答える。


「私はね、エルドラ復興のためなら何だってやるんだ。でもね、それに必要なのは金でも名誉でも無い。私に必要なのは真の強さだ。だからこそ、まやかしの力で勝利を得ても何の意味も無い」


 それは、ある意味ドーマ自身の決意の言葉であった。


 ならばエデンは、ドーマのその言葉に笑顔を持って答えるしかない。何故なら彼もまた、その身に降り掛かった不幸、そしてその運命を自ら切り開く為に、圧倒的な力を欲しているからである。


「なんだ。姉ちゃんも俺と同じ境遇だったのか。まぁ俺には国を復興したいなんて気持ちは意味分かんないけどさ。やっぱ必要なのは力だよな。だったらさ、もし俺がこの決勝戦でわざと負けようとしてたなんて言ったらどうする? 姉ちゃん、あんたは怒るかい?」


 少しおどけながら、そう言ったエデン。しかし彼にはドーマから返ってくる答えに興味は無い。何故なら答えはもう分かりきっているのだ。


 そして、ドーマは鼻で笑いながら答える。


「それこそ意味不明だな。負けるために闘うやつが何処にいる?お前だってそう思っていたから私に力を見せつけたんだろ?」


 舞台上の二人は、いつの間にか最初の立ち位置に戻り向かい合っていた。しかし剣聖がもう一度、開始の合図を送る事は無い。


 二人が再びその手に武器を構えた時が再開の合図なのだ。


 今度こそは、正真正銘お互いが全力を出し切る試合である。しかしその前にエデンには、どうしてもやっておかなければなければならない事があった。


 いわゆるそれは、エデンなりの師匠への義理立てと言ったところである。


 エデンはその胸にいっぱいの空気を吸い込んで、会場に響き渡る大きな声で叫んだ。


「おい師匠。話は聞こえていたんだろ? おれもこの姉ちゃんの意見に賛成なんだ。悪いけどこの試合俺は勝ちに行くぜ」



 そんなエデンの声に、返事は直ぐに返って来る。今度は会場を包むほどのよく通る大きな声。もちろんエデンが師匠と呼ぶカイルの声である。


「まったく見上げた心構えじゃあないか。いいぞエデン。お前の好きにすると良い。俺もそんな展開は嫌いじゃないんだ」


「すまねぇな師匠……」


「まぁ、もともと無理があった計画だ。気にするな。それよりも、ドーマ=エルドラド。お前がもし俺の弟子エデンに勝てたなら、お前を私の弟子にしてやろう。そうすれば先程この生意気な小僧を追い詰めた剣法は、お前自身のものとなるぞ。」


「チェッ。さっそく作戦変更かよ」


「うるさいぞエデン。黙っていろ」


 会場全体に響き渡る声で、あからさまな弟子の勧誘を繰り広げる師弟に、理由もわからぬまま会場はただ静まりかえっていた。


 しかしそんな中で、このカイルの声を面白く無く思っていた人物が二人……。


 一人はもちろんカイルの妹であり剣聖のレイラ=バレンティン。


 そしてもう一人……。


 そう。既に気がついている方もおられるだろうが、さっきからVIP席でひたすらイライラと爪を噛んだり歯ぎしりなどをしていた彼女の名前は……。


 ロゼット家のメイドであり幼き当主の魔法の師匠でもあるエイドリアン=トゥハート。もといエイリン……


 だが……。


 どうやらこちらは、もうこれ以上一秒たりとも我慢出来ない様子である。

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