第50話 決戦 ドーマ対エデン その4

 渾身の攻撃を三手四手と繰り出す度に、ドーマの剣法はボロボロと音を立てるように壊れて行く。


「こんなスピード馬鹿は、まともに相手しちゃだめなんですよ」


 見事にハマった策がよほど嬉しかったのだろう。エデンは上機嫌で一人つぶやきながら、その顔には満面の笑みを浮かべている。まさに調子に乗るとはこの事だろう。


 もちろん、この試合はエデン自身が負ける試合であることは彼も分かっている。


 でもだからこそ、エデンはその心の内でこう思っているのだ。


 ――どうせ、わざと負けてやるんだ。これしきの策にまんまとハマる脳筋は、せっかくだから負けを完全に覚悟するまで精神的に打ちのめしてやろう。



 そして一方のドーマは、いつまでもエデンのトリックに騙されて、その剣法を駄目な方へ駄目な方へと修正し続ける始末。さすがにエデンに脳筋と言われても仕方がない。



 さて、今この決勝の大舞台で闘っている二人。


 結局、この二人をカイルに言わせれば、ただの、世間知らずでおごり高ぶった少年と、その少年にまんまと騙される融通のきかないカタブツ女なのだ。



 観客席のてっぺんから、この二人の試合をずっと眺めていたカイルは、本当はもう少しだけ様子を見守るつもりだった。


 しかしいつまでも続くそのくだらない闘いに、とうとうカイルの堪忍袋の緒がキレてしまった。


「くそ~。お前らまとめて、スパルタ修行の開始だ〜!」


 そう叫んだカイルの頭の中には、この場所を一歩も動くこと無く二人に修行をつける一つの作戦があった。



 舞台上ではあいも変わらずドーマがスピード頼みの直線的な攻撃を仕掛けようと姿勢を下げる。


 すると……


 その瞬間を観客席のてっぺんで確認したカイルは、先ほどから丹田たんでんで練っていたを、おもむろにその右手の平へと移動させた。


 続いてその右手を流れるような仕草で左手に持つカップの上へとかざすような仕草をする。


 すると、カップの中の氷が、カイルが与えた気をまとって一粒だけ浮かび上がり……。


 次の瞬間。


 カイルは素早い仕草でくるりと手のひらを返したかと思うと、親指に溜めた気の力によってその氷の粒をドーマの足元にめがけて勢いよく弾いたのだ。


 もちろん、そこには気の力が込められているため、たかが氷の粒という事にはならない。超速で撃ち出されたその氷弾はすぐに水滴へと変わりその状態のまま、勢いよく駆け出したドーマの3歩目の右太腿を撃ち抜いたのである。

 

 その衝撃は、一瞬のドーマの勢いを的確に削いだ。そして今度はその右肩と右手首に矢継ぎ早に2発の氷弾をカイルが打ち込んで行く。


 初弾でバランスを崩した上体を持ち上げるようにして右肩に、そしてドーマのタイミングよりワンテンポ早く腕を持ち上げるように右手首に打ち込まれた3つ目の氷弾。


 当然ドーマも気がついてはいる。身体に打ち込まれたその氷弾(途中で水に変化していますが)は、かなりの衝撃を伴っているのだ。

 

 しかし、的確に打ち込まれた氷弾は、まるでドーマの身体を支配するが如く抗う事を許さない。


 なされるがままのドーマが気がついた時には、自然と刀が振るわれていた。そして眼の前では、信じられないと言った表情のエデンが、得意の棒を頭上に掲げてドーマの刀を全力で受け止めていたのである。



 さぁ、それに驚いたのはエデンの方である。


 もちろんドーマも自分の身体に何が起きたのかもわからず戸惑ってはいる。しかし、しっくりと身体に馴染む今の攻撃のテンポ。彼女がこの瞬間、何かを掴んだのは間違いのない事実であった。



 気の回るエデンは、突如動きが変わったドーマに当然何者かの介入を感じ取っていた。もちろんエデンの頭にあったのはカイルの介入である。エデンは修行ジャンキーのカイルの性格を嫌というほど良く知っている。だからこそ、この試合展開が彼の気に入らないものだということも当然承知していた。


 しかし、エデンはどうしても分からない。観客席にいるカイルが、どうやってドーマをサポートしたのだろうか。横からの声援で闘いのヒントを与えるくらいならここまで劇的な変化を得られるわけが無いのだ。


 もしかして小さなつぶてを飛ばす弾指か?初めはエデンもそう思っていた。ドーマの動きが彼女の意図とは別の場所にあるように見えたからである。


 しかし、弾指ならば、飛ばした何かの痕跡があるはずなのだ。



 観客席のてっぺんでは、表情が急変したエデンの姿を見てカイルが満足そうに笑っていた。(言うまでもなくウサギの被り物の下でなのだが……)


 もちろん弾指の痕跡なんて見つかるわけがない。なぜなら彼が飛ばしたのは、たかが水滴なのだ。当然それは、身体にぶつかった途端に汗と見分けがつかなくなってしまうのである。

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