第49話 決戦 ドーマ対エデン その3

「まいったなぁ〜。これじゃあ、エデンのやつ負けれないじゃない……。そりゃあ、レイラも死神って呼ばれるわけだよ……」


 自らが考案した裏設定もさることながら、カイルは九剣のその悪辣かつ度を越した実力に頭を抱えていた。

 はっきり言って『千年九剣』は強すぎるのである。エデンをこのまま放っておけば、リズムを崩されたドーマは、瞬く間にに自滅へと向かって行くだろう。


 舞台上では、なんとか気を取り直したドーマが再びエデンと刀を交えてはいる。しかし、その都度タイミングを外したエデンの返し技にはめられて、彼女は思った通りの攻撃が全く出来ていない。


 ドーマは自身の剣法がゆっくりと崩さている事に、全く気がついていないのである。


 エデンが使う棒術は、以前から彼が学んでいたものに、未だ未完成な『千年九剣第四層 無形式』を取り入れた独自のものである。しかし緩急の効いたその棒の運びは、ある意味トリック的要素に溢れており、今のドーマに対してこれほど効果的な闘い方はないであろう。


 しかし、カイルとて、この様なつまらない闘いをさせるためにエデンをこの王都へと連れてきたわけではない。もちろんエデンの腕試しの意味も大いに含まれているのだ。

 それに、いくらドーマを勝たせると言っても、彼女を使い物にならなくしてしまっては意味が無いのである。



「まったく……。このままやり合ったって、お前らにとって何の意味もないじゃねぇか」


 一人、着ぐるみの中でカイルはつぶやく。


 彼はこの決勝戦で、弟子のエデンに大いなる成長を期待していた。ドーマほどのスピードを持った剣士になど、そうそう出会えるものでは無いのだ。


 ドーマとの闘いは、エデンにとって自らを成長させるためのチャンスだったのだ。


 しかしエデンは、このまたとないチャンスに気がついてはいない。もしエデンがこれ以上の成長を望むのなら、この様な『ハメ技』での勝利には、まったく意味が無いのだ。


 結果として妹のレイラを成長させるため、エデンをわざと負けさせるというカイルの作戦が裏目に出てしまったのである。


 そして、カイルはこの舞台上の二人にとって。はたまた、自分にとって、そして行き着く先は妹のレイラにとって。この全く無益な状況を打壊する為に、ある一つの決心をするのである。




「よし。それじゃぁ迷える仔羊達のために……。これから楽しい楽しい修行の時間と行きますか」

 

 一人そう宣言したカイル。身を隠す為の着ぐるみの中で、何故か彼の表情は喜びに満ちあふれていた。


 そして何を思ったか、突然コロシアムの最上段へと駆け登ったカイルは、その位置からゆっくりと会場を見渡した。


 観衆が舞台上の二人に集中している今なら、何をしてもさほど目立つことはないであろう。まさに迷える仔羊達の調教にはうってつけの場所である。


 カイルは、背負っていた邪魔なビールのタンクを、おもむろにその背中から下ろす。ウサギの着ぐるみを見てビールを買いに来る客には、『ご自由にお飲み下さい。』の張り紙でも貼っておけば何も問題は無いはずである。



 コロシアムの最上段で仁王立ちになったウサギは、おもむろに深々と呼吸を整えてゆく。大きな呼吸は何処までも深く、そしてゆっくりと繰り返され……


 そして、次の瞬間。


 カイルは、そのピンク色の両手をバッと勢いよく左右に広げたかと思うと、今度は大きなスイカでも抱えるような形でおヘソの下の丹田という場所へその両手を移動させた。


 ふぅ~ ……… ふぅ~ ………


 被り物の下からはカイルの深い呼吸が漏れ聞こえてくる。そして、その呼吸が再び数回繰り返され……


 突然、「ハァーッ!!」と言うに大きな気合と共に、ダン!と音を立てて、大きくその足を踏みしめる。


 その衝撃は、足元のビールタンクに伝わり冷却用の氷が躍り出るように宙へと舞い上がった。


 氷はまるで意思を持ったかのように、自ら空中で砕け散り細かい粒となって、いつの間にかカイルが差し出したカップの中にバラバラと重なって行く。


「ちょっと多すぎたかな……」


 そう当然のようにつぶやいたカイル。


 もちろんそれは、カイルのみが使える気功の技なのだが。さて、彼はこの氷の粒を使って何をするのだろうか。


 今まで、沢山の奇抜な修行方法を考えてきたカイルのこと。どうせまた良からぬことを考えていることは明白であった。


 舞台上では、相変わらずドーマがエデンの策を見破ることが出来ずに、虚しい攻撃を繰り返すばかり。試合開始からその状況は一向に変わってはおらず、ドーマにとってはただ悪化するばかりなのである。


「悪いなエデン。お前が気付かないなら、俺はしばらく、あのダークエルフの美女の味方をさせてもらうぜ」


 カイルの、少し呆れたような声が着ぐるみの中から漏れ聞こえた。




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