第48話 決戦 ドーマ対エデン その2

 開始早々、お互いが全力でぶつかった様に見えた両者。しかし、まず最初に仕掛けたのはドーマだった。


 試合開始の掛け声がかかる以前から、その身体に身体強化魔法を付与し、そのスピードを出来うる限り高めていたドーマは、開始一瞬の一撃に全力を注ぎ込む。


 レイラの手が振り降ろされたと同時に、極端に低い体制から正面に立つエデンへと飛びかかるその様は、まさに獲物へと飛びかかる獣のよう。


 師であるエイドリアンから課せられた圧倒的な勝利。


 その意味をドーマは瞬殺と理解して、彼女はこの決勝戦で対戦相手のエデンをその得意のスピードでねじ伏せるつもりなのだ。



 しかし、そのドーマの動きに反応したエデン少年も負けてはいない。彼はあえて正面に構えた棒の先端を一直線にドーマに向けて、一気に前方へと飛び出していく。


 当然、身体強化魔法の使い手ドーマにはスピードこそ敵わないが、彼にもカイルと共に修行したの技がある。それを一瞬にして足元で放出すれば初速ではドーマのスピードを上回ることすら可能なのである。



 さて、それは試合開始の僅か0コンマ数秒の出来事である。当然、会場に集まった観衆には彼らが同時に飛び出したように見えたことだろう。


 開始早々、いきなり舞台中央で手にした武器を交えたかように見えた二人。その瞬間、誰もが二人の激しい激突を予想する。しかしどうしたことか会場に二人の武器が激突した音は響かなかった。


 人々が固唾を呑み静まりかえる会場の中、舞台の中央に立つのは、獲物の棒を極限にまで前方へと突き出したエデンの姿のみであった。


 一方で曲刀を手にしたドーマは、その刀を振るおうとしたその刹那、得も言われぬ違和感を肌で感じていた。そして気がついた時には、無意識のうちに思わず後方へと飛び退いていたのだ。


 ドーマは、一撃必殺のはずだった刀を振るうことすら出来なかったのだ。


「貴様!なんだその技は……」


 高ぶる動悸を抑えながら、思わずドーマは叫ぶ。


 今もピリピリと肌に残る違和感。それはもしかしたら恐怖だったのでは無いか。そんな思考をドーマは無理やりに抑え込む。


 もちろんそれはエデンが放つ殺気などとは全く異質な物だった。常に飄々とした少年の姿からは、そんなものは微塵も感じ取ることは出来ない。


 ならば、それは何なのだろうか?だが、今のドーマにまだそれを知ることは出来ない。



 一方で、エデンは突き出した棒に、牽制の余韻を残しながらドーマの問いに答える。


「さてね。技の名前は師匠から止められてるから言えないな。でもさ、もしかしたら見る人が見れば分かるんじゃねぇの?」


 エデンはそう言って笑った。そして視線の端でチラリと剣聖の姿を確認する。当然目は合わないが。それでも、剣聖の彼女ならば気がついているはずなのだ。


 今、彼が使った技こそ、千年の長き時を、ただひたすらに負けを追い求めた古の剣聖『千年救敗せんねんきゅうはい』が築き上げた、負けるはずの無い究極の剣法『千年九剣』なのだから。



 初手にて完全に闘いのペースを自分のものにしたエデン。エデンはあえて立ち向かうことによりドーマの虚を突いたのである。



 身体強化の魔法によって突然のスピードアップはドーマにとっては逆効果。愚策中の愚策であった。自らのスピードに感覚が追いつかず攻撃のリズムが完全に乱れてしまったのだ。


 それをエデンは第三層の『絶対分析』を使用することによって一手も打ち合うこと無く見抜いたのは見事と言うしかない。


 そして、エデンはあえてその乱れたリズムに自分の攻撃を合わせることによって、ドーマに得体のしれない違和感を感じさせたのである。

 もしエデンが自分のペースでドーマに攻撃を仕掛ければドーマ自身も、自分のリズムが狂っていると感じて、それをすぐさま修正しただろう。


 しかし、エデンは逆に相手にリズムを合わせることで、完全にドーマの攻撃リズムを潰してしまおうと考えているのだ。


 さすがにこの作戦の真意を知ってしまえば、エデンの悪童っぷりが鼻につくかもしれない。しかし、これぞまさに千年救敗の剣法の真骨頂なのである。


 戦闘自体を支配し、コントロールする。そしていつしか対戦相手は死地へとその足を踏み込む。これが千年九剣の正体。


 それは、あまりにも強くそして悪辣なために、決して世に出ることは無い究極の剣法であった。



 …………。


(なんてのは、もちろん知る人ぞ知る裏設定なわけで……)

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