第69話 カイル THE LAST MASTER その9

 まぁ、正直に言っちゃうけどさ。


 俺とエデンは、先の帝国とのいくさが終了してからしばらくの間、聖教会の神殿奥深くの地下牢に閉じ込められていた時期がある。


 何をそんなに悪いことしたのかって?


 ぶっちゃけて言うと。もともとは俺が負け続きの王国軍から脱走し、あろうことか敵の帝国軍に捉えられてしまったのが発端だったんだ。まぁ、その時の俺は修行から逃げていた弱々お兄ちゃんだったから、軍から逃げ出さなきゃ今はもう帰らぬ人となっていたんだろうけどさ。


 その時に、俺は囚われ先でまだ幼いエデン=カスピと出会ったのだが……。


 まぁ、この辺りのくだりは話すと長くなるからまた後で説明するけれど。


 要は、俺達二人が帝国の牢屋にぶち込まれていた時に修行していた『気功の術』が、戦後処理において聖教会に危険視されたようなんだ。


 で、その結果。俺達二人は、今度は帝国ではなく、聖教会に囚われる事となったんだ。


 神殿地下深くの薄暗い地下牢は、鉄格子の扉から外気が入れ替わる帝国の牢とはまるで違っていた。そこは地下深くに何重にも張られた魔力結界と分厚い鉄の扉が外界の光と外気を閉ざした、ただひたすら薄暗く劣悪な環境だった。


 いったい……どうして、俺達がそんな魔王でも閉じ込めておくような牢屋に入れられなきゃならんのか……。


 そんな事は、俺達の知るよしも無かったが……


 俺達にとって幸いだったことは


 なんと過去にこの牢屋に囚われていたであろう先人が、この地下牢の脱出方法を部屋の片隅に書き記してくれていた事だった。


 それは前世の日本で見て以来、久しく目にすることのなかった漢字だけで書かれていて……まるで世界史の教科書に出てくる中国の碑文の様に、剥き出しの岩盤に深く彫り刻まれていた。

 


 誰が何の為に?


 俺達は、そんな無粋な事は想像すらしなかった。




 そんなこと俺達を助ける為に決まっている。でなければこんな都合良く異世界から来た俺にしか読めない『漢字』で、わざわざ脱獄の方法を書き記しておく意味が無いじゃないか。


 

 しかし、結局のところ。この脱獄方法と言うのが、とある武芸をまるまる習得しなければならないと言う……非常に根気のいる方法だったわけで。


 まぁ、俺達二人が脱獄を果たすまでには、およそ2年近くの歳月を費やしてしまったのだ。




 そして……。


 その時に俺が習得した武芸こそ、この相手の魔力を吸収することが出来る大技おおわざ『吸魔大法』を含む、九つの技が記された『九魔法典きゅうまほうてん』だったのだ。




 どうせなら、もっと派手な必殺技を繰り出して、豪快に邪神を倒してみたかったんだけど……。


 今の俺が持つ最高のカードは、どうやらこの手間ばかりかかって、めっぽう地味な大技『吸魔大法』しか無いらしい。


 エデンに言われるまでこの技の使い道は、あの神殿の地下牢獄を脱出するためだけの武術だと思い込んでいた俺であったが……。


 今この時に。この技を使わずにいつ使うのか。


 それはまさに「今でしょ!」の大技であった。




 そうとなれば、もう格好良かろうが悪かろうがやるしかない。俺は2年もの間、ただひたすらに牢獄を脱出するためだけに修行していた『吸魔大法』の準備に取り掛かった。


 だが残念なことに、この大技には大きな欠点がある。


 あの醜悪な邪神の魔力を俺の体内に吸収するためには、まず自らの身体を作り変えてやらなければならないのだ。


 そしてその為には3つの段階を踏まなくてはならない。


 第一に、魔力を吸収するために俺の丹田たんでんに蓄えられた『気』を全て体外へと放出する必要がある。

 だが、そのおかげで俺はこの技を使用している時は内功ないこう(気の力)でもって強化していた身体がまるっきり無防備になってしまうのだ。


 第二に、全身に気を循環させるための気脈きみゃくを全て俺の右手ヘと移動させて丹田へと直結する。これは、太く一本に纏められた気脈を、吸収した魔力を一気に丹田へと落とし込む大動脈として使用する為である。

 

 だが、この作業にはかなりの時間がかかるのだ。


 そして最後の3つ目は、気脈が集められた右手のひらに、魔力を吸収する扉をひらくこと。


 この3つが整わなくては、この大法を行使する事はできない。


 詰まる所。準備に非常に時間がかかる掛るわけだ。


 そして……。


 魔力を吸収するにあたっては、対象物……ここでは邪神に扉が直接触れていなくてはならず、俺は無防備の状態で邪神に接触するという危険に身を晒さなくてはならない。



 つまり


 この『吸魔大法』を邪神に使うなら、二度目は無い。失敗は絶対に許され無いのだ。

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