第64話 カイル THE LAST MASTER その4
まぁそんな感じで格好良く決めてみた俺ですが……。
じゃぁここで俺と妹の感動的な再会シーンを……。なんて事には当然なるはずがない。
なんせ今は邪神の封印が解けちゃってるもんで、絶対絶命のピンチみたいな状況ですから。
つまり、俺たち兄妹はこの目の前の邪神テスカポリカなる存在をどうにかしないことには、再開のハグすら出来ないのである。
「で、どうするよ?」
黒き巨大な獅子を目の前にして、俺は背中に立つ妹にそう言った。だが……。とりあえず格好良く言ってはみたものの、実際にはなんの策も思いつか無いってのが俺の本音である。
もしこの場に冒険者の一人でもいるのなら、ドラゴン退治の方法でも教えてもらうのだが……。みんなエイドリアンの古代魔法を見て逃げてしまったから仕方が無い。
結局のところ。妹に丸投げの俺なのである。
しかし、そんな情けない兄とは反対に、妹からは間髪入れずに提案とも要望ともつかぬ意外な言葉が帰ってきた。
「お兄ちゃん。私。ずっとアレがやって見たかったの」
アレ?
さすがの俺でも、アレだけで妹が何をやりたがっているかは分かるはずもないが、その嬉々とした表情は何か良い案でもあるに違いない。
「何だよ。あれって?」
すかさず俺は妹に聞き返す。が、他に妙案があるでなし……俺は端から妹の作戦に乗っかるつもりなのだ。
だが……
「ほら。お兄ちゃんが一番最初にしてくれた千年求敗先生の物語。あの中で女騎士団長が
そんな妹の言葉に、俺は正直……唖然としてしまった。
確かに遠い昔、俺は妹にそんな話をしたような気がする。正直全く覚えてはいないが、『千年求敗物語』みたいな話をでっち上げて、せがむ妹に何度も聞かせてやった記憶がある。
でも、それって全くの作り話なわけで……。即興のでまかせで作った話など今さら覚えているはずが無いのである。
「大先生の話でしょ。お兄ちゃんもしかして忘れちゃったたとか?」
思わず言葉を失った俺に、呆れ返る様な妹の言葉が突き刺さる。
そりゃあそうだ。俺が作り上げた架空の人物『千年求敗』を、妹は今も大師匠として心から尊敬しているのである。
だが、俺にとっては正直に口からでまかせだったから一体何を言ったのやら……。
「ほら。突然怪人に向かって駆け出した女騎士団長を、求敗先生が番頭だと思い込んでた男が追いかけて挟み打ちをするシーンだよ」
そう言えば。『双刀使いの女騎士団長カレン』そんな登場人物を俺は作った様な気がする。そして徐々にではあるが、当時の記憶が蘇ってくる。
それは確か、過去の因縁で
二刀流のカレンが、まだ駆け出しの求敗の前でその実力を見せつける。確かにそれは序盤の見せ場である。
そしておそらく妹は、そのシーンを今ここで再現しようと言うのだ。
って……。そんな作戦が本当に当たるのか?
半信半疑な俺だが、心底嬉しそうな妹の表情を見てると、なぜだか俺もそれが最高の作戦に思えて来る。そして、そんな口からでまかせを今でも覚えている妹……。
何とも嬉しいじゃないか。
「でもさ、お前。よくそんな昔の話を覚えたな」
「だって、私。お兄ちゃんから話を聞いた後に、その話を全部ノートに書き写したんだもん」
「マジ?」
「うん。本当だよ。だから、私は女騎士団長役。お兄ちゃんはおっさん役ね」
そして、勝手に配役を決まられてしまった俺。だけど、妹がそこまで俺の作り話を喜んでいたなんて知らなかったぜ。
しかし……
妹は、そう言うやいなや邪神に向かって嬉々として駆け出した。
まずい……。
俺はまだそのシーンをぼんやりとしか思い出していないというのにだ。
だが。妹が「
それを見て俺は自分がテキトーに作った『千年求敗物語』のワンシーンをはっきりと思い出した。その瞬間、俺は慌てて妹の後を駆ける。
確か、あのシーンは……女騎士団長が共に闘う部下の男を信用しきって、自ら強敵の懐へと飛び込んで行くシーン。
つまり、俺のサポートが無ければ妹は確実に死ぬ。
だが、俺が部下の役割を演じたとして、それでも一つ足りない。あのシーンの怪人は強敵だが人間だ。そして……。
「おいちょっと待てよ。あの話の決め手は、番頭のおっさんが怪人に向かって毒だって叫ぶ所だろ。邪神に毒のフェイクなんて効くのかよ!」
俺は前を行く妹に慌ててそう叫んだのだが、妹は何とも嬉しそうにこう言うのだ。
「知らないよ。でもお兄ちゃんならなんとか出来るでしょ」
まったく……。
丸投げはどっちなんだよ。
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