第65話 カイル THE LAST MASTER その5

 丸投げはどっちなんだよ……。そんなふうに心の中で突っ込みを入れたりもしたけれど


 でも、よく考えればこれはこれで悪くはない。


 だって、兄として妹に頼りにされてるんだぜ。それに……何より物語の主人公に背中を任されるなんて、最高じゃないか。


 あぁ……思い起こせば……。究極の剣技千年九剣も、妹が憧れる千年求敗の英雄物語も、全てがでまかせで俺の身勝手な嘘から始まって……。


 妹がその身を危険に晒してまで剣を握っているのは一体誰のせいだ?


 そんなものは初めからわかっているさ。


 そう、全て俺のせいなんだ。


 だから、今こそ俺はその責任を取らなくちゃならない。妹を剣という血なまぐさい世界に引き込んだ責任を。


 だから俺は……


「今から、嘘を真実に変えてやる!俺のデタラメな嘘を全部……。本当の伝説へと変えてやるんだ!」




 ってな感じで、俺はこの時。妹に対するわだかまりを全て自分の都合の良いように解釈して、まさにやる気は20ベエ(倍)ぐらいまで高まった訳です。


 そして俺は、ありったけ空気を胸に吸い込んで雄叫びを一発。


 ウォォォォーーーーーッ


 お得意の内力(気の力)を込めたそれは、まるでティラノサウルスの咆哮ほうこうのようである。


 千年求敗物語では、大太刀おおだちの怪人がこれをやった。まだ未熟な求敗はその咆哮をまともに受けて身体が動かなくなってしまうのだが、いやはや俺の咆哮も捨てたものでは無い。辺りの壁からはパラパラとひび割れた石材が落ちていくのが分かる。崩れかかったコロシアムに追い打ちをかけてしまったようだ。


 だが、今これをやったのは俺の力を見せつける為ではなく、邪神の注意をこちらへと引き付ける為だ。妹は闇雲に突進したが、俺が覚えているあのシーンでは不意打ちをしかけたはず。


 だからこその、この咆哮だ。


 俺の付け焼き刃の咆哮は、案の定、邪神の注意を引きつけた。当然レイラもそれに気がついて一気に邪神の背後へとまわりこむ。


 そして


 邪神の背後に躍り出た妹はその勢いを保ったまま、俺の雄叫びに気を奪われている黒き獅子の脇腹めがけて二本の剣を突き立てる。


 なんという速攻だろうか。動きに無駄がない。いやそれ以前に俺がこのタイミングで邪神の気を引き付けることが初めから分かっていたかのような動きだ。


 だが、すんでのところで妹の速攻に気がついた邪神。しかしその大きな身体ではさすがに小回りが効かず防御が間に合わない。


 決まったか――


 そう思ったのも束の間、あろうことか邪神は防御を諦めて振り向きざまに、その鋭い爪を全力で妹に向けて振るう。


 当たれば確実に死ぬ……。


 しかし妹のほうが一足早い。妹の振るった二本の剣は、一本が邪神の脇腹をかすめ、もう一本は邪神の背中に深く突き刺さった。ただ、背中に突き刺さった剣を引き抜く暇は無い。


「ぐうおおおおおっ!」


 今度は邪神の咆哮が辺りに響き渡り、妹の頭上を邪神の振るった前足が通り過ぎる。


 その凄まじい威力たるや、やはり尋常では無い。空振りだろうがなんだろうが、辺りのものをその衝撃で吹き飛ばす威力で、妹はあわや体勢を崩し地面に這いつくばるところだった。


 しかし、そんなちょっとしたスキを邪神が逃すはずはなかった。その巨大な背中に、たかが一本の剣が刺さっていようがいまいがお構い無しで、返した前足をすぐさま妹にに叩き込むために振りかぶる。


 その瞬間。妹が地面に落ちていたドーマの曲刀を邪神に打ち込んだ。そしてそれと同時に……


 ………。


 さて、ここで俺が自分の役割を全うするならば、「毒だぞ!」と声を上げてもう一度邪神の気を散らす必要があるのだが……。人間だったはずの相手はここでは邪神。毒など効くはずが無い。


 だから俺は、予め拾っておいた小石に全ての内力(気の力)を注ぎ込んでいた。そして邪神の左目を狙い勢いよくその小石を弾き飛ばす。


 これは、本戦一回戦の時に槍の女騎士を救った技、指弾というやつだ。あの時は手加減をしていた為にドーマの曲刀を砕くだけだったが今回は違う。込められているのは俺の全力だ。


 それは放った瞬間に恐らく音速を越えたに違い。ドーンンという轟音とともに閃光まといながら飛んでいく指弾は、見事邪神の左目へと命中する。


 着弾と同時に再び辺りには閃光が走り、邪神の頭部はミサイルでも激突したかのように黒い煙に覆われた。


 まぁ、いくら邪神でも片目を失えばそれだけ視覚が狭くなる。ならばこれからの作戦もいくらか立てやすい。今みたいな一か八かの作戦に出なくても済むのだ。


 しかし………


 ………………?


 俺の本気が詰まった技だ。そりゃあ相当な威力があるはずだ。だからなんだろうか……。


 俺は呆気に取られながら、後ろに控えているはずのエイドリアンに答えを求めた。


「あのぅ……。邪神の頭……全部吹き飛んじゃったんですけど。これ……どうしましょう?」


 そう。俺は図らずしも邪神の頭をまるごと吹き飛ばしてしまったのである。

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