第42話 帰ってきたカイル その4

 さて、俺はそんな事をエデンはとっくに知っていると思っていたんだけど……。俺の説明を聞いたエデンがなぜだか少し驚いたような表情を見せるんだ。


「どう言う事だい?お仕置きするんじゃ無かったのか?」


 キョトンとした顔で、そう言われた時。俺ははたと気が付いた。


 そうだった……。


 そう言えば、いつも二言目には文句ばかりのエデンが面倒で、俺は思わず都合のいい説明だけをして、ずっとお茶を濁していたんだった。


 だって、エデンのやつはいつも金をほしがってるしさ……。それに俺の妹レイラにもちょっと……ライバル心ってやつ?抱いちゃってるから……。


「い、いや。俺だって第一試合が終わるまではお前を優勝させるつもりだったんだよ。それでね、そのついでって言ったら語弊があるかもしれないけどさ……。優勝したら、ほら。最後にレイラと闘うわけじゃん。その時にさ、お前も使えるようになった『気』の力ってやつを、レイラにチョットだけ教えてやれたらなぁ〜って」


「チェッ。やっぱり俺を利用しようとしてたんじゃねえか。まぁなんとなくは分かってたけどさ。でも正直俺は、賞金がもらえて、あの死神の姉ちゃんに仕返し出来るって言うから、おっさんの提案に二つ返事でOKしたんだぜ」


「それは知ってる。だからこそこうして頭を下げてるんじゃないか。頼むよ今回だけはあのダークエルフに負けてくれ」


 俺は、今日何度下げたか分からない頭を、もう一度エデンに向かって深々と下げた。いやはや、これじゃどっちの立場が上か分からんよね……。


 でも心配は無用。こいつが大人しく話しさえ聞いてくれればこっちのものなのよ。ちょいちょいってエデンのライバル心ってやつをくすぐってやれば、直ぐに言う事を聞くようになるから。


 まぁ、その為に頭を下げることなんて安いもんなのだ。


「すまん。今回ばかりはどうしても譲れない。だって、あのドーマと言う女が最後に使った技……。俺は、あの技をどうしても妹のレイラに会得させたいんだよ」


 さぁ、どうだい?


 エデン、お前よりも、俺は妹の修行の方にご執心だぞ。なんてね……。そうはっきり言う事によってまずはエデンの心にジェラシーというくさび打つ。そうすればエデンは絶対に俺の話に乗らなきゃならなくなる。


 だからこの時、エデンの目の色が変わったのは当然だったのだ。


「技だって?ありゃ単にあの女がスピードのリミットを外しただけだろう?」


「違うぞエデン。ちゃんと見ていたか?あれは絶対に何かの技を使っている。それは俺の確信と言ってもいい」


「それじゃぁおっさんは、まずは俺が試しに闘って、あの女の技を全て引き出せと?そんで、それが終わったらとっとと負けろと?」


「うんうん。察しがいいね。良くわかってるじゃないか。それでこそ俺の弟子だぞエデン君」


 俺はしめたとばかりにエデンの言葉に相槌をうった。


 しかし彼の直感が、さすがにそれでは都合が良すぎると思ったのだろう。すかさず最後の抵抗を試みる。


「だったら、俺は嫌だ。だって、それじゃあ俺はただのカマセみたいだろ?賞金だってもらえないんじゃぁ俺に何の得もないじゃんか」


 まぁ確かにそれは正論だ。だけど俺はエデンをそんな捨て駒の様に扱う気はさらさら無い。

 エデンのやつはまだまだ反抗期が終わって無いからこんなひねくれた事を考える。


 俺の本心はなぁ、あのドーマ=エルドラドを利用して、エデンとレイラ、この二人の弟子を共に成長させる事にあるんだよ。


「本当にそう思うかい?」


 俺は、今までとは打って変わって、真剣な眼差しでエデンを見つめた。


「えっ?」


「本当にお前に得が無いかと聞いているんだ」


 と、その言葉でエデンの顔つきが変わる。やはりこの少年も正真正銘俺の弟子なのである。俺の言葉に利があることにようやく気が付き始めたようだ。


「実はな。ここだけの話。あのドーマと言うダークエルフが使っているわざは『魔力』じゃ無いかと俺は見ているんだ」


 さて、ここからが今回の話のまさに本題であった。


「まさか……。魔力って言えば手から炎や冷気を出したりするあれだろ?」


「それは魔力ではない。魔力を具現化する為の魔術や魔法と言うものだ」


「そんなのどっちでもいいよ。魔法だか魔術だか知らないけどさ。あんなもん会得したって何の意味も無いって言ってたのはおっさんの方だろう?」


「確かにな。魔法は発動に時間がかかりすぎる。それに動いてる相手にぶつけるってのが相当難しい。それこそ当てられない連射出来ないの二重苦だ。だったらそこらへんに落ちてるつぶてを投げる練習をしたほうがよっぽどましだよ」


「ほら。魔法なんて頭の悪いケモノばっかり相手にする冒険者にしか似合わないって……おっさんはいっつもそう言うじゃん」


「いや。それは間違って無い。でもな。あの女が使った技はそんな子ども騙しで役立たずな物では無いんだよ。俺はあの女が『身体強化魔法』ってやつを使ったんじゃないかと踏んでるんだ」


「なんだよ?その身体ナントカってやつは……」


 もちろんエデンはその不思議な言葉を初めて聞いた。


 だけど、現代日本のファンタジー世界でのソレは、あまりにも有名で超ご都合主義の権化のような、運動能力を向上させる超便利な支援魔法だ。もし、そんなものがこっちの世界でも使えるようになるなら……。

 

 だからこのチャンスは絶対にのがしてはならんのだ。


「ナントカじゃ無い。『身体強化魔法』だよ。たぶんあのダークエルフは自らの身体に魔法をかけて身体能力を底上げしてるんだ」


「まぁ、こう言う時のおっさんのはほとんどが当たるから俺も疑いはしないけどさ……。俺、そんな魔法なんか初めて聞いたぜ。『気』にしてもそうだったけど」


「それはほら。俺がいっつも言ってるだろう?」


「あっちの世界……」


 エデンが呆れたように俺の言葉を先取りする。


「それそれ。だからほら。お前は『気』が使えて、その上身体強化魔法の秘訣まで知ることが出来るんだぞ。それで俺の妹より一歩先を行く事になるじゃないか」


 もちろん俺の説明は根拠も理論もあった物ではなかった。だってさ俺は今、魔法の話をしながら自分自身は魔力なんて一切感じた事無いんだぜ。

 それなのに俺の弟子たちときたら、何故か俺の言葉を信じ切ってくれるんだ。


「まぁ分かったよ。おっさんがそう言うんだったら今回だけ言う事を聞いてやる」


 あんなに反抗的だったエデンが最後にはそんな可愛い事を言っていた。まったくこいつときたら本当に素直じゃ無いんだから……。

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