第43話 帰ってきたカイル その5
柄にもない高級レストランで少々高くはついたが、エデン少年もようやくデレた。それじゃぁってことで、そろそろ決勝戦の作戦のほうを詰めて行きましょうかね。
でもその前に、このテーブルの上に並べられた大量の高級料理達をどうにかしなくてはなるまい。
「よくもまぁ、こんなに頼んだよなお前」
「まぁね」
鼻を
「お前、責任持って食えよ。さすがに残すなんて許されないからな」
「まさか?これね、みんな敬愛する師匠の為に頼んだんだよ」
満面の笑みでしらばくれるエデン。だがここで追求の手を緩める訳にはいかない。「チキショーいい笑顔しやがるぜ」なんて感心している場合ではないのだ。
「じゃぁ、お前は食べないっての?」
「さすがに俺は、もうお腹いっぱいでこれ以上なんにも入んないよ〜」
あくまでも茶化して誤魔化そうとするエデンに、俺はやむなく喝を入れた。
「馬鹿なこと言っちゃいけません!自分で頼んだんでしょ。責任を持って食べなさい。世の中には食べたくても食べられない人達が沢山いるんですよっ!」
って、俺はお母さんかよ。
あぁ、くそう。こういう時に俺の育ちの良さが邪魔をしやがる。前世の俺はさほど厳格でも無かった両親から、食べ物だけは絶対に粗末にするなと、これだけはこっぴどく言われてきたからな。
だから、たとえ目の前の余ったご馳走が自分のせいで無かったとしても……こう、何ていうか……。
「そこだけはいい加減にできないんだよ!」
こうなったら、恥を偲んで最終手段に出るしか無い。大阪のおばちゃんみたいで気が引けるけど……。でも、食品ロスが叫ばれる昨今。彼女達こそジャスティスなのだ。
俺は、意を決するとその右手を、ピンと真っ直ぐ垂直に頭上へと突き上げた。そして柔かくマイルドに、よく通る声で……
「すいませ〜ん、店員さ〜ん。このご飯食べきれなかったんで〜持って帰りま〜す。タッパーかなんかありませんか〜?」
おそらく俺は、恥ずかしさに耳の先まで真っ赤になっていることだろう。あっちの世界も含めて数十年。こんな高級レストランで、まさかこんなセリフを言わなければならないとは思ってもみなかったぜ。
やり遂げた達成感。そして私は、カツカツと自分のテーブルへとやって来るウェイトレスの足音を聞きながら、静かに目を閉じた。
だって。今、ちょうど恥ずかしさと緊張で舞い上がってるからさ。声が上ずったりしたらカッコ悪いだろ?
だから一旦呼吸を整えてクールダウン。
でもその瞬間。
パッシャァァァン!
って、耳元……いや、頭上で水がこぼれる音がした。
すごいでしょ。今、落ち着こうと思ってちょっと目を閉じただけなのに、本当にコップの水を頭にかけられたみたいになったよ。もちろん俺の頭は超クールダウンしちゃってる。
「って、おい!」
この前髪から滴り落ちる水滴は……ホントに頭から水を被ってるじゃねぇか!
「これで少しは、頭が冷えたでしょう?」
俺が目を開げたと同時に頭の上から、ものすごく高圧的な声が聞こえた。そしてずぶ濡れの俺が、頭を上げて振り返り見たものとは……。
そりゃぁもう、超べっぴんのお姉さんが、その顔を怒りの形相に変えて俺の事を思いっ切り睨んでいた。もちろんその手には逆さになったグラス持ってマス。
そして……この
明らかに絡み酒だ。でも、俺は突然のことに思わず呆然としちゃって、怒りだすことすら忘れてしまう。
正直、こんな高級レストランで酔っ払いに絡まれるなんて思ってもみなかった。しかし、ここは紳士的にレストランの支配人に仲介をしてもらうのがセオリー……などと、俺は何処かのマンガで見た様なシーンに思いを巡らせる。
もちろん周囲の目には「参っちゃいましたよ」のアピールも欠かさない。だって酔っ払いなんかまともに相手したって仕方が無いだろ?
でも、何だか様子がおかしいのだ。何故なら、この女は酔っ払ってはいるが、明らかに俺単体にのみ恨みを持っている様子なのだ。
その証拠に、女は俺と目が合った途端。突然俺の胸ぐらを掴み、それはもう、ものすご剣幕で俺に罵声を浴びせてきた。
「おい貴様。ここを何処だと思ってるんだ。ここは王都でも指折りの超高級レストランなんだぞ。せっかくのお坊ちゃまとの至高の
せっかくの美人がそんな汚い言葉を……なんて思う余裕はまったく無い。
俺は、ここまで面と向かって罵声を浴びせられたのが初めてだったから、もう本当にどうしていいか分からなくなって、すがるように
くそっ。見ず知らずの美人に怒鳴られるって……こんな場合って、いったい俺はどう対処したらいいのよ。もしかしてご褒美のつもり?神様のご褒美なのコレ?もしそうなんだとしたら、私は心の底から遠慮させてもらいますよ。
しかし、そんな修羅場に、突如一人の天使が現れるのです。
「申し訳ありません。うちのメイドがとんだ無礼を働きまして」
そう言って、身なりの良い10歳くらいの超絶美少年が俺と女との間に割って入ってくれたのです。ふんわりとした金髪に、真っ青でくりくりっとした大きなお目々が超キュート。そして口元をキュッと引き締めて、私に深く頭を下げるその姿。
その上品で嫌味のない物腰。これはもしや、超絶ええトコのお坊ちゃんに違いない。
しかし、女の怒りはなかなか収まらないのである。
「お坊ちゃん。こんな場違いなやつら水を被せられて当然です。他のお客さんもほら皆んな眉を潜めてこっちを見ています」
うん。視線を確かに集めてはいるけれど。お坊ちゃまも当然わかってますよ。
「い、いや。皆んな今はエイリンのほう見て引いてるから……。ねっ。今は取り敢えず謝ろうよ」
さすがにお坊ちゃんも辟易気味。ほらお坊ちゃん。早くこいつをなんとかして下さいよ。
俺はこの時、今まで生きてきて初めて10歳の男子に心の底から助けてくれと願いました。
「お兄様達。今日は本当にごめんなさい。ここはこれで穏便に収めて頂けないでしょうか?」
後ろで喚き散らす女をなんとか静止しながら、お坊ちゃんは俺達になんと小金貨三枚も握らせてくれたよ。え〜と、今の金額にして……いや待てよ今は金が高騰してるからなぁ……てなことはどうでも良いの。とにかく彼は大金を俺達に無理やり渡すと、その小さな手で駄々を捏ねる女の背中を押して無理やりにレストランの出口へと向かう。
気の毒そうに付き添う支配人がその扉を開けて、外の冷たい空気を浴びても、ひたすら喚き散らす女はというと……
「なんで私が謝らなくちゃならないんですか。私は絶対に謝りませんよ。だってこいつ等、さっきまで魔法をバカにしていたんですよ。役立たずだとか、頭の悪い魔物にしか意味がないとか……」
「でもさ、それが世間一般の共通認識だからね……」
「それが嫌なんです〜」
「ほらわがまま言わない」
「だって~、これじゃぁ魔法一筋で頑張って来られたお坊ちゃんが〜」
その声はいつの間にかグシャグシャの泣き声まじりになって、これじゃぁどっちが主人でどっちがメイドなんだかって感じです。
「ほら。エイドリアン。泣いてないでちゃんと立って」
「嫌です〜。エイドリアンは嫌なんです〜。エイリンって呼んで下さい〜。うぇ〜ん……」
絡み酒がいつしか泣き上戸になって、そんな声もいつの間にか遠くになって雑踏の中に消えていった。
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