第41話 帰ってきたカイル その3

「だから〜。こうして師匠の俺が頭を下げて頼んでるだろうがよ」


 そんな俺の言葉なんか知らんぷりで、この小僧はまた高々とその右手を上げて、給仕の店員を呼び付けやがる。


「お姉さ〜ん。こっちのテーブルに特上のビフテキ2枚追加ねぇ」


 しかし、よくもまぁこんな絵に描いたような足下あしもとの見かたが出来るもんだ。まず、やり口が古臭い。それにセコい。調子に乗ってこんなに一人で頼んじゃって、食べ切れるわけ無いだろうに……。


 

 いやはや、お恥ずかしい。何を隠そう現在いまの俺は、弟子のエデンに無理を聞いてもらう為、ひたすら頭を下げて説得を試みている状況でして……。その為に今こうして、わざわざ師匠の私が弟子を高級レストランに連れて行って、ご機嫌取りをやっているわけなんです。


 それもこれも、急な予定変更と言いますか、何と言いますか……色々と想定外が重なりましてね……。



 私。最初は、この大会でエデンを優勝させようと思ってたんです。そして、その後のエキシビションマッチでエデンと妹を戦わせようと、そんな計画を立てていたんです。


 まぁね、今回は妹に対するちょっとした『お仕置き』の意味も込めてね。エデンを利用して、ちょっと剣聖の鼻っ柱を折ってやろうと……。



 理由かい?


 そりゃ、妹のやつが俺との約束を破ったからだよ。


 まったく。あいつったら、いつの間にか勝手に戦争なんかに参加しやがって。一体、何人の人間を殺したんだって言うね……。


 王国では剣聖レイラなんて言われてもて囃されてますけどね、そりゃ一方で『死神』って言われたって当然です。


 はっきり言って、お兄ちゃんは、本気で怒ってるんです。本当だったら今すぐにでも妹の目の前に立って、お兄ちゃん初めてのビンタってやつを妹に食らわしてやりたいくらいですよ。



 でもでも、


 ここに来ての計画変更です。予定外に、あのダークエルフが現れましたから。


 そんな理由で、師匠たる私は目下のところ目の前にいる超負けず嫌いの駄々っ子に手を焼いているわけですが……。


 まぁしかし……。それも、そろそろ終わりでしょうか。こんだけ駄々をこねりゃ満足でしょう。





「でさ。結局おっさんは、俺にどうして欲しいのよ」


 さて、ようやく駄々を捏ねるのにも飽きてきたエデン少年。これで俺もやっと本題に入ることが出来るわけです。


「やっと俺の話に耳を傾ける気になったか?」


「しかたないだろ。結局俺はおっさんの弟子なわけだし。最後は言う事を聞くしか無いじゃん」


 まぁ、なんだかんだと言いながらも、こいつも自分の立場を良く理解している。とっくに腹は括っていたのだろう。


「よし。いい子だ」


 さらっと、死ぬまでに一度は言ってみたいセリフをはさみつつ、俺はやっと話を仕切り直すことが出来た


「すまん。決勝戦でわざとあのダークエルフに負けてくれ」


「俺に八百長をしろって言うんだろ。あの黒いお姉ちゃんとの試合で。それはさっき聞いたよ」


 さっきは、俺がこの話をした瞬間に負けず嫌いのエデンがキレてしまった……。


 だけど……。


 俺達が、この王都までわざわざやって来た本来の目的ってやつは、弟子のエデンをこの大会で優勝させる事では無いんだ。


 だって、この大会での真の目的は……。


 レイラへのお仕置き?いや、それは単なるついでのお遊びみたいなものさ。



 この際だからはっきり言っておく。


 俺がこの大会にエデンを参加させた本当の理由ってやつは、弟子エデンの力を利用して、剣聖レイラをさらなる剣の高みへと登らせる事にあるんだ。

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