第14話 カイル 明日のために…… その6

 例えば、自分が立てた計画通りに物事が進んだとき。そして、思った以上の成果が実を結んだとき。


 むちゃくちゃ「気持ちいい〜」って思ったことない?


 正直、俺は妹の修行で、その快感を得てしまったんだ。始めはもちろん俺の嘘を隠すため。でもそんな理由は徐々に俺の中で変化していって、俺は自分でも良く分からないまま妹を最強の剣士に仕立て上げようと思い始めていた。



 きっかけ?


 そんなのは分からない。いつの間にかだよ。いつの間にか。


 でもさ、俺が、初めて妹のことを心から凄いと思った日のことは良く覚えている。



 それは、妹の修行を初めてからちょうど一年ほど経ったある日のこと。




 今年もまた、あの池の上を赤いトンボが数十匹……いや、百匹以上飛び交っているだろう。


 俺が妹に与えた『見る』と言う修行を、次から次へとクリアしていった妹は、満を持してトンボ達との真剣勝負の時を迎えた。


 まさか、あんなデタラメな訓練が本当に実を結ぶなんて、俺は全く想像していなかったけど、妹は俺との二人三脚でとうとうこの日を迎えたのだ。


「ねぇ、お兄ちゃん」


 池を目の前にして、妹は少し不安そうな顔を見せた。


「大丈夫。あんだけ頑張ったんだ。レイラなら必ず出来るさ」


 俺は、妹の頭をそっと撫でて、そう励ました。




 さぁ。この池の畔で少女の一年の努力が、実を結ぶのか?はたまた……




 なんてわざとらしく煽っても仕方がない……。正直俺は妹がこの課題を今日はクリア出来ない事を知っている。


 何故なら、それは俺が既に「駄目だ。一匹足りない」って言うセリフを用意しているからなのだ。


 まぁ、今の妹の力なら、トンボの数を正確に数えてしまうかも知れない。いや、すると思う。でも本当に俺は数えた数字が合ってるかなんてさっぱり分かんないし、だからと言って俺が妹の言った数を鵜呑みにするっていうのもつまらない。

 だから妹にはわるいけど一回失敗ってやつを経験させてやろうかなって思うわけ。


 だってさぁ、妹の修行があまりにも順調すぎるんだもの。それに少しぐらい俺も存在感っていうのをアピールしなくちゃだめだろ?

 師匠だか師兄だかをやってるんだからさ。


 さてさて、池も近くに見えてまいりました。今年の赤トンボはと言うと……。ありゃ……去年よりもかなり多いじゃないか……。


 今年の赤トンボは大豊作のようである。



 だが、万が一にも、妹がトンボを本当に数えられなかったりすると、どうだろう。


 俺の計画が少し狂ってしまう恐れがある。


 だから、あまりに多すぎるのは困りものなのだが、今日はギリかも知れない。


 だって、俺の書いた筋書きは、一度挫折を味あわせてからの、一週間後のリベンジにて妹に成功を味合わせるというドラマチックな展開なのだから。


 でもまぁ、来週が無理そうなら、前日に俺が煙かなんかでいぶしてさ。数を減らしとけば良いよね。



 さぁ。


 トンボが遠くに見えだした時点で俺は妹に目隠しをさせた。いや、そんな事が意味あるかなんて俺は分からないよ。前もってトンボが見える事がズルになるかなんて俺には分からないし。


 でも、それって試験っぽいでしょ。



 俺は、池の目の前に目隠しをした妹をそっと立たせる。


 でも、頭上を飛び交う無数のトンボ達を見て、俺は急に心細くなった。だって、絶対無理じゃんこんなの。数えられたら化け物だって……。


 しかし……。



「二百十五匹」


 目隠しを外して5秒と経たないうちに、妹はそう言った。


 普通に、ただ辺りをくるりと見渡しただけで、キッパリとそう言ったんだ。


「どう?合ってるでしょ」


 そんな自信が聞こえて来るようだった。本当まいったよ。


 俺には合ってるか間違ってるかなんて見当すらつかないのに。妹ときたら本当に嬉しそうに俺の顔を覗き込んでくるんだ。。


 俺は、その顔があまりにも可愛くて、思わず「正解!」って言いたくなったけど、そこは心をオニにするオニいちゃん。


「残念だったな。一匹足りなかったようだ。正解は二百十六匹だよ。まぁ、惜しかったな」


 って、計画通りの言葉を妹に告げた。


 試験は失敗。悔しがる妹。それが今日の筋書き。


 だったはずなんだけど……。



 俺がそう言った瞬間。


 妹の表情が、前にも増して明るく華やかに。そしてすごく嬉しそうに変化した。


「あれ?悔しがらないの?」


 思わず俺は妹にそう言っちゃった。


 そしたら妹が俺の頭の上を見てやたらケラケラ笑ってるの。


「何なんだよ。俺の頭がなんか可笑しいか?」


 ねぇ。その時さ。妹はなんて言ったと思う?俺は正直この時に実感したよ。


 あぁ……。この妹は本当にトンボの数を数えてたんだって。




 妹は、その時満面の笑みでこう言ったんだ。


「二百十五匹だと思ってたら。お兄ちゃんの頭の上に一匹乗っかってたんだもん。ソレ、数えるの忘れちゃった」


 だってさ。


 俺が慌てて頭に手をやると、ピューって本当にトンボが飛んでいきやがるの……。


 「ハァ……。この妹、もしかして本当にマンガの主人公みたいに強くなっちゃうんじゃないだろうか……」


 そう。マンガやアニメの主人公のように。





 そしてこの時。俺は、とうとう気がついてしまった。


 この異世界って場所には、俺の知っている『限界』っていうものが全く存在しないってことを。







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