【短編】百合の間に挟まるな

夏目くちびる

第1話

 001



 とある日。



 俺は、警察署にいた。



「マモル君、また喧嘩したんだね。もうやらないって先生と約束したのに」

「迎えに来るのがダルいなら別の奴に任せりゃいいだろ」



 俺には親がいない。だから、警察署へ俺を引き取りに来るのは決まって担任の吉永ケイカだ。



 吉永は、帰りの途中で軽自動車を止めると、自動販売機でお茶を買って俺に寄越し話を始めた。



「先生はね、心配してるだけなんだよ。どうしていっつも喧嘩するの?」

「許せないから殴っただけだ。向こうだって、そーゆートラブルに巻き込まれるの覚悟で不良やってんだろ」

「だからって、あんなになるまでやっつけることないでしょ? ちゃんと謝らなきゃダメなんだからね?」

「嫌だ、俺はゼッテーにあいつらを許さねぇ。また同じことをしやがったら、俺も同じ目に合わせてやる」

「……もう」



 そして、吉永は俺が暮らしているボロアパートの前につくと小さな弁当箱を渡して帰っていった。



 恐らく、今日もこれを食えということなんだろう。いつもながら、面倒見のいい女だ。ああいう純粋で優しい女は、絶対に損するタイプだと思う。



 俺は、俺がやりたいことをやった結果の責任になんの後悔もない。素人のチンピラ相手に鍛えた拳を振るう理由として充分に足り得るモノだと本気で思っている。



 だから、俺のことなんて放っておいてくれればいいのに。



「んまい」



 思わず呟いて、日課のトレーニングへ。サンドバッグを叩き、筋肉を鍛え、気が遠くなるまで走り続ける。そうして、最後に拳を握るとまた自分が強くなった事を実感できる。



 俺は、この瞬間が好きだった。



「ふぅ」



 さて、早く寝よう。



 明日も、絶対に学校に行かなくてはならない。そうしなくてはならない理由が俺にはある。他の何を差し置いてでも、失えない大切なモノがあるのだから。



 まぁ、そんな俺の気持ちなんて、他の誰にも分からないだろうさ。



 002



 俺のクラスには、一つの百合カップルがある。



 二人の名前は、明石ミナミと美倉ナナコ。



 別段、語るような特徴のない二人と言っても過言じゃないような連中だ。顔はカワイイなぁと思う程度だし、運動や勉強も出来る印象はない。



 ただし、嘘が上手い。日常に溶け込む演技の上手さが半端ではないのだ。



 二人が付き合っている事を知っているのは、おそらく俺だけだ。当の本人たちも俺が知っている事を知らないだろう。

 何せ、俺が二人の関係を知ったのは彼女たちが人目を忍んでプリクラコーナーの中でキスをしていたのを知っているからだ。



 ……なんで知ってんの?って思っただろ?



 俺、そのゲーセンがあるショッピングモールで年齢誤魔化して清掃員のバイトをしてるんだよ。仕事中にキスプリを拾ったのさ。



 ここからは俺の推理だが、二人っきりのムードにやられて、ふと二人が黙った瞬間に堪えきれなくて。だから、思わずキスをしてしまって、うっかりプリクラのシャッターに気が付かなかったんだと思う。



 やたら初々しいキスだったからな、下手したらファーストキスだ。



 目なんかギューっと瞑って、嫌われたり遠ざけられたりするのが怖かったんだろう。唇は触れてるだけなのに、二人してスカートを破れるんじゃないかってくらいギュッと掴んでいた。



 マジに芸術的な瞬間をシャッターが捉えた。そのうちのシールの一枚が、不幸にもプリクラ機の下にあったのだ。



 鋏で切って、わけっこしてる間にでも落としたのだろう。恋の熱にやられて、いつもの注意力が散漫になったんだと思う。そいつが、俺が箒でこう、ガサガサっと埃を取ったとき出てきてしまったってことさ。



 まぁ、そのプリクラは俺の家宝になったが。



 最初は「女子高生同士ってキスするんだ」くらいにしか思ってなかったのだが、クラス内での立ち回りを見ているうちに違和感に気がついたんだ。



 溶け込んではいる。確かに溶け込んではいるのだが、二人の目が合う瞬間が多過ぎる。

 我慢できてないっつーか、漏れてるっつーか。とにかく、初めてセックスした次の日のカップルみたいに目が『好き』の形になってるんだよ。



 だから、ピンときたわけだ。



 こいつら、付き合ってるなって。



 003



「ミナミ、お昼ご飯食べよ」

「うん」



 俺は、二つ離れた場所で飯を食い始めた二人の様子を盗み見ていた。小さな女の子弁当箱をつっついてホンワカと笑い合う姿なんて最高じゃあないか。



 あいつらの幸せ空間は、俺の昼飯のクッソ惨めな白い握り飯が一流のフランス料理に匹敵するスパイスだ。やっぱり学校に来てよかったって思う。



 しかし、露骨に見るワケにはいかない。あいつらほどではないが、俺もそこそこ嘘が上手い方だ。

 だから、自然に黙ってこっそりと。俺は、なんてことのない日常を過ごすように二人の幸せを感じた。



 彼女たちの俺への印象は、恐らく『怖い人、不良』。そんなところだろう。



 仕方なく話をしなきゃならない時にも、少しビクビクしているのが分かる。自分たちが絡まれれば、不幸なことになるって思っちゃってるんだろう。



 言伝のタイミングを間違えて二人の邪魔をすれば、ウザがられるんじゃなくて恐れられるっていうのはそれなりにショックなモンだけどな。



 まぁ、有り体に言えば俺たちは仲が良くなんてないのさ。



 それどころか、二人は俺の名前以外の情報なんてほとんど知らないだろう。俺がどんな音楽が好きかとか、ましてや目玉焼きに何を掛けて食うかなんて想像すら出来ないだろう。



 それくらい、俺は意図的に俺から彼女たちを遠ざけている。



 だって、幸せになってほしいから。



 ここまで語ってくればそろそろ分かってくれるだろうが、俺は明石と美倉に心から幸せになってほしいと思っている。



 あの周囲から隠れてイチャツイてる慎ましい百合カップルが、きっと自分たちの中にある葛藤を超えて尚も好き同士でいる百合カップルが。



 なんでだろうな。



 自分の幸せや青春なんかよりもずっと大切なんだ。



 004



「なぁ、お前らいっつも二人でいるよな。レズなん?」



 ……空気が変わった。



 二人に話しかけたのは、クラスの陽キャ集団のリーダーである刈谷ハヤトだ。後ろの連中は、明石と美倉にとって深刻な発言をギャグだとでも思っているのだろう。



 いつも表情に張り付けている嘘が、明石から少しだけ剥がれた。ピクリと動いたのは、刈谷の取り巻きである赤西ヨウヘイが美倉の肩にポンと手を置いたからだろう。



 なぜ、そんなにも簡単に二人の空間を邪魔できるのか、俺には到底理解できない。



「別に、そういうんじゃないよ。仲のいい友達と一緒にいるの、そんなにおかしい?」

「いや、友達っつーんじゃねーんだよなぁ。お前らの関係って。なんか、甘ったるいんだよ」



 ……流石、カーストのトップに立つ人間は人を見る勘が鋭いらしい。



 そこんところだけは、褒めてやってもいいかもな。



「甘ったるいってなに?」

「わっかんねぇかなぁ。フツーにキモいんだよ、バーカ」



 更に、もう一人の男子である池崎リョウが見下すように言った。カーストに群がるメス豚どももニヤけて笑っている。



 なるほど、さては女子間で何かトラブルがあったな。それで、揉めた腹いせに刈谷たちを使って恥をかかせようとしてるワケだ。



 無関係のクラスメイトたちも、ヒソヒソと話始めている。一般的なモブたちが、こうしてセンセーショナルな情報に踊らされることを奴らは理解している。



 カーストトップというブランドは、自分のない人間にとって本当に効果が絶大だ。無個性というコンプレックスを、更に下だと思い込む足りてない価値観によって正当化出来るからな。



 スキャンダルの本質はそれだ。



 人は、やはりどこまで行っても自分より下の者を見て安心したいのだ。何もない事を誇れないから、何かを抱える者を貶すしかないのだ。だから、明石と美倉は自分たちの心を隠すしかないのだ。



 まぁ。



 当然、テメーら顔だけのいけ好かないアホどもには、俺のようにそのクソッタレな感情とメカニズムを説明する力なんてないだろうけどな。



「なぁ、本当のところどうなん?」

「だから、別にそういうんじゃ……」

「いいじゃねぇかよ、今はジェンダーレスの時代だろ? 性的マイノリティーだって割り切って生きてるじゃんかよ」



 そんなに簡単に、自分と世間との違いに折り合いをつけられるワケがない。普通じゃないことにどれだけ悩んで、どれだけ辛い思いをしているのか奴らには想像もつかないのだろうな。



 ずっと勝ち続けてるあいつらには、明石と美倉が奇跡的にこの世界で出会えた事で、互いがどれだけ救われているのか考える脳もないのだろうな。



 ……だから、俺が裁く。



 005



「おい、ナナコ。なに黙って――」



 ――ボゴォ!!



「きゃあああああ!?」



 俺は、椅子から立ち上がるとまずは美倉の肩に馴れ馴れしく手を置いている赤西を思いっきり殴り飛ばした。



 体が吹っ飛んで、机と椅子が四方八方に倒れる。



 派手な音とメス豚どもの悲鳴に何が起きているのかさっぱりな刈谷が俺を見たが、俺は間髪入れずに顔面へ蹴りを叩き込む。



「おげ!?」



 更に、ナメたことを抜かした池崎にはドギツいチョーパンを3発、鼻っ柱へブチ込んでノックアウト。



 再び、刈谷の頭上に立ってしゃがみ込みゼロ距離で睨みを利かす。奴は、元から俺にビビっているのもあってか、反撃なんてせずに余裕ぶったダサい歪な笑顔を向けた。



「な、なに? 俺、お前になんかした?」

「テメー、俺のこと殺すだとかフイいてたらしいじゃねぇか。チクリ入ってんだよ、ボケ」



 当然、そんな情報など入っていない。完全なる言いがかりだ。



 しかし、刈谷たちがそんなことを裏で言っているのは分かり切っていることだ。自分たちが支配するクラスで一人だけ言いなりにならない不良。



 そんなの、ムカつくに決まってる。陰口の一つや二つくらい言っているに決まってるだろう。

 もちろん、そんな小さなことを気にするような俺ではないが、明石と美倉に俺の本心を悟られないためなら何だって言うさ。



 まぁ、こういう暴力をまかり通すための不良だ。



 文句なら、三人がかりでも勝てないカスな自分に言えよ。



「ご、誤解だよ! あれはそういう意味じゃなくて!」

「なにが誤解だ、この野郎。二度とナメた口きけねぇようにしてやる」



 言って、俺は教師がやってくる前に刈谷の片足を引きずって男子トイレに叩き込む。何事かと恐れ慄く生徒たちが見ている前で、俺はもう5発顔面を殴ってから小便器の中へ刈谷の頭を突っ込んだ。



「便器をナメろ、テメーの得意技だろ?」

「ひ、ひぃ! 許してください!」

「許さねぇ、クソふざけた事やった代償はゼッテーに払わす」



 最後に、俺は刈谷の後頭部を思いっきり蹴飛ばして小便器に顔面をプレスする。ブルブルと震えて縮こまっている。早く悪夢から開放して欲しいと、奴の全身が降伏を語っていた。



「俺の目の前で調子こいたことしてたら、また同じ目に合わすからな」

「う、うん。うんうんうん……」



 そして、俺はやってきた教育指導の佐々木と担任の吉永に連行され応接室に軟禁されることとなった。

 恐らく、警察は免れないだろう。慰謝料とか払えるワケがないし、学校もクビになるだろうし。これから大変そうだ。



 もちろん、後悔なんてしてないけどな。



 006



 意外なことに、俺への罰は二週間の停学処分のみだった。



 どうやら、刈谷たちにも公にされたくない事情があったらしい。あんなに甘やかされて育てた奴らの両親が、なんの報復も無しに天涯孤独の俺を許すだなんてにわかには信じがたいが。



 まぁ、何かしらの事情があるのは確かだろうさ。



 そんなことを考えて、俺は久しぶりに教室へと向かった。



「……ねぇ、マモル君」



 誰とも話さないまま、いつの間にか昼休み。



 俺はいつも通り白飯のおにぎりを食べていると、ふと目を逸らした瞬間に近寄ってきていたのだろう。



 明石と美倉が、俺の隣に立っていた。



「なんだよ」

「この前の喧嘩。あれ、私たちのためにやったの?」



 急に、明石が核心をつく質問を投げてきた。



 つまり、明石にはそう思っただけの根拠があるワケだ。俺が二人の関係を知っていること、もしかしたらバレたのか?



「急に意味わかんねーこと言ってんじゃねぇよ、消えろ」

「う、ううん。消えられないよ。だって、本当は何回も私たちのこと助けてるでしょ?」



 ……そう。



 この子たちは、何故か知らんがストーカーだったりチンピラだったり勘違いしたバカ男だったりに絡まれやすい。



 おまけに、狙ったように俺の目の前でそういう事件に巻き込まれる。俺が彼女たちを付けているワケでもないのに、わざわざ俺の目の前で。



 もちろん、俺が見ている以外でもそういう酷い目にあっているのかもしれないが。それなら尚更、襲われる機会が多過ぎて放っておけない気分になってくるのだ。



 要するに、嘘が上手すぎるんだと思う。



 二人はあまりにも自然にあどけない女子高生を演じてみせるから、その手の理想を持つ変態どもに目を付けられやすいんじゃないだろうか。



 見た目の垢抜けなさに純粋な恋心と、更には女の武器である笑顔をあまりにも使いこなすせいでモテてしまうのではないだろうか。



 本当は、ただ二人でいたいだけの百合カップルなのに。



 もしも俺の推理が正しいのなら、才能とは時に厄介な効果を発揮するモノなのだと思うぜ。



「都合のいい勘違いしてんじゃねーよ、あいつらが俺のことをナメたからボコっただけだ」

「でも、それだと辻褄が合わないよ。わざわざクラスの中で喧嘩するのって、いくら不良でもウチの学校ならあり得ない」



 続けて、美倉が言う。



「ずっと、変だって思ってたの。隣の男子校の人たちが乱暴なナンパしてきたときも、電車で変なおじさんにあったときも。なんか、紙袋被った人がその人たちのことやっつけてくれてたし」

「あれ、マモル君でしょ?」



 ……まさか、俺の完璧な変装が見破られているとは。



 いや、冗談。



 あの紙袋は、マッポに捕まりたくないから顔を隠してボコってただけだ。原始的だけど、かなり効果があるんだよ。



 それに、あんな格好で悪さをすれば普通ならおやじ狩りやただの喧嘩を疑うだろうし。現代日本で顔を隠してヒーローごっこしてる奴がいるだなんて、まさか誰も思わないだろう。



 ましてや、相手にもやましい事があるワケだし。監視カメラさえ誤魔化せればいいってのが、俺が出した答えだったってことだよ。



「あんなに何回も助けられたら、流石に気が付くよ。怖いけど、気になって追いかけるに決まってるよ」

「今回だって、刈谷くんが私たちに絡まないようにしてくれた。そうなんでしょ? マモル君」



 なんだか、急に恥ずかしくなってきた。人に隠し事や嘘がバレるのって、マジで惨めで仕方ないな。



「知らねぇ。つーか、そんなに悪い奴に絡まれるならもう少し巻き込まれない為の努力をしろよ。このボケ」



 そして、俺は教室から逃げ出した。人生の中で、初めて目の前のエクスキューズから逃げた瞬間だった。



 ……初めての後悔を、屋上で噛み締める。



 だって、あの二人にあんな暴言を吐いてしまったのだから。綺麗で純粋な二人の会話に、もしも俺の汚くて不純な言葉や立ち振舞が混入してしまったらどうしよう。



「あぁ、やだやだ」



 考えるだけで、俺は嫌な気持ちになった。



 お願いだから、お前たちは今のままの幸せな生活を続けていてくれよな。



 007



「聞いたよ、マモル君。明石さんと美倉さんから」

「急に何だよ。つーか、なんで先生がウチに来てるんだよ」

「面談だよ、入れて」



 夜。



 茶碗いっぱいの米を味噌汁で流し込もうと、米が炊けるまでの時間をテキトーに過ごしていたのだが。何故か買い物袋をぶら下げて現れた吉永が怒り気味な表情で玄関に立っていた。



「その袋はなんだよ」

「もう時間も遅いから、ここでご飯食べちゃおうと思って」

「そーゆーの、あんまよくねぇんじゃねぇの? 女教師だって逮捕されるんだろ?」

「知らない。というか、私は怒ってるんだからね? ガタガタ言ってないで入れなさい」



 言うと、吉永は有無を言わせず台所について飯を作り始めた。



 あいも変わらず、本当に面倒見のよい女だ。不幸なガキを見過ごせない性格なんて、まるで自分の幸せを考えてないようでバカ丸出しだと思う。



 よかったな、俺で。



 普通の男なら、マジでうっかり惚れてるところだぞ。



「あの二人のこと、助けようとして喧嘩してたんだって?」

「知らねぇって」

「ウチの学校ってバカじゃ入れないもんね。なにか理由があるとは思ってたけど、まさか女の子の為なんて古風な理由だとは全然思わなかったよ」



 意外と口が悪いな。怒ってるせいで、素が出てるってことなのだろうか。



「凄く感謝してたよ。理由は分からないけど、あの二人には何かあるんでしょ?」

「知らねぇってば」

「やり過ぎも、また同じことをされないようにするための方法だった。多分、あの二人って――」

「知らねぇっつってんだろ!」



 思わず、怒鳴っていた。



 でも、百合カップルの幸せのために勝手にイキり散らしてるなんてことを、勝手に暴かれたくないと思うのは当然だろ?



 あいつらが幸せそうにしてるのを見るのが好きだからって、結局は俺の欲望を満たすためのことだって分かっちまうだろ?



 なのに、どうして女ってのは最後までカッコつけさせてくれないんだよ。



 いいじゃんか、俺はただの百合好きの変態なんだから。それを見続けるために、多少の犠牲を払ってたってことで。それが、偶然人助けに繋がっていたってだけで。



 言ってみれば、俺も百合の間に挟まるカスと同じだよ。



 ただ、純粋な彼女たちの葛藤や悩みがフェチってだけで、関係を壊したいと思う奴と違いなんてねぇよ。結局は自分のためだよ。なんにも綺麗なんかじゃねぇんだよ。



「……だから、黙っててくれよ。先生。俺は、ただあの二人が幸せにしてくれてれば勝手に報われるんだから」 



 その言葉は、大人が二人の関係を察するのに充分すぎるヒントとなってしまったのだろう。吉永は、作り終わった料理をちゃぶ台に並べると俺の正面に座って手を合わせた。



「でも、マモル君が二人の為に頑張ってたのは変わらない」



 違うんだよ、先生。



 俺は、俺が助けたってことを知ったあの二人が俺を思ってしまえば、二人が俺を異性として認識すれば、間接的な寝取りになってしまうって分かってるから嫌なんだよ。



 俺は、そんなことを望んでないんだよ。ただ、マジであの二人の百合が好きだけなんだって。



 それだけが、俺の本心なんだよ。



「いいことを教えてあげる」



 言って、吉永は少しだけ俺の方へ体を乗り出した。



「君が男だからって二人の関係にヒビが入るのを嫌がってるなら、それは思い上がりも甚だしい自意識過剰だよ?」

「……なに?」

「マモル君、本気で人を好きになったことってないでしょ? だから、明石さんと美倉さんの関係に憧れるんだよ」

「か、仮にそうだったらなんなんだよ」

「恋仲ならね、マモル君。心の底から感謝したい人が現れたって関係ないんだよ。愛し合ってるなら、二人は君を尊敬しながら二人で愛し合うよ」



 ……。



「恋愛って、そういうモノだよ。君は、経験が足りなさ過ぎて独り善がりの自己犠牲に酔ってるだけだよ」



 理想論だ。そんなの、本当にそうあり続けられるって根拠にはならない。



「だから、先生が教えてあげる」

「……え?」



 言うと、吉永は間髪入れずに言葉を紡いだ。



「先生がね、君が本気で人を好きになれるように君のオンナになってあげる。そういう相手が出来れば、マモル君も少しは素直になれるでしょ?」

「な、何言ってんだよキメーな。大体、教師がそんな事出来るワケないだろ?」

「他の人がそう思ってることを、君はあの二人にしてあげてたじゃない」



 言葉が、出てこなかった。



「でも、エッチなことはダメだよ。マモル君は未成年だからね、それまでずっと我慢できたら許してあげる」

「なにいってんだよ。大体、その頃にはお前なんてババアじゃねぇか」

「あら、ババアはイヤ?」



 言って、吉永は妖しく笑った。



 それは、まだ何も知らない俺を恋に落とすのに余りある魔法だった。



「……そんなこと言って、要はお前が高校生好きな変態ってだけだろ」

「うん、そうだよ。マモル君と同じ、ちょっと変な性癖を拗らせてる変態なお姉さんなの」

「や、やめろ! 肯定されると頭がおかしくなりそうだ!」

「んふふ、やっとかわいい顔が見れた」



 ……そして、俺は負かされる形で吉永と付き合うことになった。



 何が何やら分からなかったが、もしも男を落とすなら胃袋から掴むという技法が正しいのなら、俺は随分前から気に入られていたんだなぁと思った。



 008



「こんにちは、マモル君」

「よぉ。奇遇だな。明石、美倉」



 数日後。



 俺は、町中でデート中の二人と遭遇していた。お揃いの服装をしている。制服だって同じ服だといえばその通りなのだが、何故か俺はとっても幸せな気持ちになった。



「今日はね、プリ撮ってからお茶しにいくの」

「へぇ、そうかい」

「なるべく、変な人に絡まれないようにするね?」

「そうしてくれ」

「でも、絡まれたら助けに来てね。私たちのこと、任せられるのはマモル君しかいないから」

「知らんけど、きっと紙袋被った変態が助けてくれるだろ」



 すると、二人はキラキラとした顔で笑った。一瞬だけ目を合わせて、確かめ合うようにして笑い合うのがこの上なく微笑ましい。



「マモル君って、不良のクセに面白いね」

「不良は関係ねーだろ。とりあえず、気をつけろよな」

「ありがとう。それじゃあ、いこっか。ミナミ」

「そうだね、ナナコ。またね、マモル君」



 そして、二人は仲良さそうに手を繋ぎ歩いていった。



 どうやら、吉永の言ったことは正しかったらしい。俺が勝手に苦しんでいただけで、実際にはクソったれが間に挟まってハーレムっぽくなることなんて無かったのだ。



 もちろん、俺だからってことであの二人は周りに関係を隠しているんだろうけど。



 なんだか、意識したせいで俺に見せつけるような仕草まで覚えて、純粋とは違った変な満足まで得られて得した気分だ。わざとらしくイチャツイて、やっぱり照れてしまう二人への背徳感が堪らない。



 ……でも、それはある意味俺が恐れていた事でもあるワケで。やっぱり、知られてしまえばもう完璧なハッピーエンドはあり得ないのだろうな。



 ガックシだ。



「またな」



 俺は、きっともう聞こえないだろう場所まで行ってしまった二人にさよならの挨拶をした。



 本気で人を愛している姿に憧れている。



 なるほど、彼女たちの後ろ姿が距離以上に遠く感じるのは、やっぱり理解から最も遠い感情を俺が二人に抱いているからなのだろう。



 いつか、なんの迷いもなく二人のトラブルを救える日が俺にも来るのだろうか。



 そんなことを考えて、俺はケイカに頼まれたお使いの袋をぶら下げてカノジョの家に向かった。

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