この街みんなのおとなりさん

 七月四日。

 今月末までに答えを出すように言われて悩んでたけど、早く答えを出せて良かった。くよくよ考え続けるのは得意じゃない。

 カンカン照りの中出勤して、ヴィチナートの事務所の扉を開けると、社長がいた。

「答え出ましたか?」

 もし予定通り私が今月末まで考え続けてたら、社長に何度、こうして聞かれていたのだろう。

――ほんと、早く答えを出せてよかった。

「はい。答え、出しました」

 想定よりもずっとずっと早い回答のはずなのに、社長は驚いたような顔も見せず、ただニヤリとして「場所変えて話しましょうか」

 移動した先の応接室には、まだ麻雀卓が置いてある。

「どんな夢、見つけたの? 誰にも言わないから教えてください」

 その口調は、心なしかいつもよりも流暢りゅうちょうだ。うきうきした表情は、まるで友人の好きな人を聞くときみたい。

「児童福祉司になります」

 社長は顔の前で手を合わせて「良いじゃないですか、とっても似合う」と少女みたいにはしゃいだ。

 あれ、社員にならないかとか、新設部署のチーフをしてくれって言ってきたのに、どうしてこんな感じなんだろ。

「聞きました。夫から。毎日カップ麺を買いに来る少年のこと。他のお客様と協力して、彼を救おうとしてくれたこと。――私のほうで少し手助けさせていただきました。お節介でね」

 旦那から? 手助けって、児童相談所への通報のこと?

「社長って、もしかして……」

「まだ名刺をお渡ししていなかったですね。大変失礼いたしました。わたくし、株式会社BBの代表取締役、橋本はしもとしずかと申します。ヴィチナート店長、橋本宗そうは私の夫です」

 カタコト日本語はどこへやら。社長は完璧な日本語で、改めて自己紹介をした。

 私の呆気にとられた顔を見て、社長はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「日本語気になります? 旧姓はワンワンジン。自己紹介はとっても、練習しましたので」

 それからさらに続けた。

「もうひとつお節介ながら、あなたが次のステージに進んでいくのを応援させてください。この街みんなで、おとなりさんですから」



 平日昼間のフロアは閑散かんさんとしている。

 床が白い蛍光灯の光を反射して明るい。

 私は、明日か明後日にでも届くはずの、通信制大学のパンフレットに思いを馳せた。

 勉強は苦手だけど人に夢を語ってしまったらやるしかなくなっちゃう。

 私はこの白い蛍光灯みたいに、周囲を、明るく、とびきり明るく、照らしたい。

 太陽の光が届かない家の中まで照らす、明るい光になろう。

 だけどそれまでは、お節介な、この街みんなのおとなりさん。

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お気楽フリーターは将来の夢を見るか? 城築ゆう @kizuki_yu

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