第八話 お侍さん、冒険者になる(3)

 長々と説明させておいてなんだが、黒須は元来、人の決めたはっに従うことを良しとしない性分のため、この規則にはあまり関心を持っていなかった。身分証欲しさに登録しただけであって、冒険者として立身出世したい訳ではないのだ。街が魔物に襲われるようなことがあれば戦うのはやぶさかではないが、それはあくまで自らの意思。ギルドの命令に従うつもりは更々ない。

「これで手続きは完了です。クロスさんは登録したばかりなので最下位のGランクですが、巨人トロルの討伐が実績として換算されますので、小鬼の集落討伐が確認されればすぐにFランクに昇格されると思いますよ」

「そうか。……フランツ、お前たちのランクは?」

「俺たちは全員Eランクだよ。ほら」

 フランツが胸元から取り出した冒険者証は、厚みのある立派な銅板でできていた。

 植物のつたが文字に絡まったような装飾も施されており、それなりの値打ち物に見える。

「俺のとは違うな」

「冒険者証は昇格するたびに石、鉄、銅、銀、金……という具合に、高価な素材に変わってゆく。これなら一目で相手のランクが分かるじゃろ」

「なるほどな。刀の格のようなものか」

 都の公家くげ連中がきらびやかないとまき、父上のようなおおざむらいが差すめいとうしょだい、浪人が持つくにがたなにんどもが持つ数打ち、町人が護身用に所持を許されるしょうとうばくきょうかくが違法に持っている長ドスなど、日本においても身に付けている刀剣を見れば、身分は一目瞭然となっている。たまにを張って身の丈に合わない刀を差す不届き者もいるが、露見すれば罪に問われるため、基本的には信用できるものさしだ。

「アンギラはどの冒険者証でも出入りに金は取られねえが、GランクとFランクは駆け出しルーキー扱いだからな。提示しても通行税を取られる街もあるから覚えとけよ」

「駆け出し、か。心得ておこう」

 この歳になって新米扱いとは。体内に流れる負けず嫌いの血がうずきそうになる。


 ディアナに礼を言って別れ、次に端の窓口で巨人とフォレストウルフの素材を売却する。

 先ほどの冒険者が手続きをする窓口以外に、素材の買取、依頼の発注、雑貨の販売と、役割ごとに四つの窓口に分かれているようだ。

 買取窓口の受付には中年の男が座っていた。ややこわもてきんかんあたまだが、普通の人間に見える。

「登録したての駆け出しが巨人討伐とは恐れ入ったぜ。特別報酬が金貨三枚、皮と魔石の買取額が合わせて金貨四枚だ。お疲れさん」

 おおばんばんとは価値が違うと分かっているが、これだけの金貨を手にするのは初めてだ。

「フランツ、お前らの毛皮は銀貨六枚だな。今年はまだ〝白〟は出てきてねぇからよ。次も頼むぜ」

「うー……。やっぱり金貨には届かなかったかぁ…………」

 皆してうなれていることから、彼らの方はあまり良い成果ではなかったらしい。

「では、約束通りせっぱんだ」

 受け取った金貨七枚の内、素材の代金の半額、金貨二枚をフランツに差し出す。

「えっ? 約束は皮のお金だけだよ。これじゃ俺たちが貰いすぎだ」

「道案内だけの約束が、色々と教わってしまったからな。その礼だ。それに、お前たちがいなければ、どの道捨て置いたはずの物だ」

「そういうことなら……遠慮なく受け取らせてもらうよ。ありがとう!」

「これで今月のお家賃はなんとかなりますね!」

「お前、装備の修理代のこと忘れてんだろ。これでも結構ギリギリだぜ?」

「じゃがまぁ、一時しのぎにはなるわい」

 拾った皮袋の残金と合わせると、これで黒須の所持金は金貨十一枚、銀貨六枚、銅貨八枚だ。

 安宿の素泊まりが銀貨一枚で釣りがくると言っていたので、これだけあればしばらく生活するには困らないだろう。金の価値を聞いてみると、銅貨十枚で銀貨に、銀貨十枚で金貨に、金貨十枚で白金貨になるそうだ。白金貨は額が大きすぎて街で暮らす者には敬遠されるため、基本的には金貨以下で持っておいた方がいいと助言された。

「クロスさん、この国に来たばかりなのにお金持ちですねぇ」

「そうなのか? この辺りの物の値が分からんから、あまり実感はないが」

「それなりの小金持ちじゃな。もし使う予定がないのなら、買取の窓口で金を預けておくこともできるぞ」

 冒険者証で個人の情報を管理しており、窓口で頼めばいつでも預けた金を引き出せるらしい。大金など持った試しがないのであまりその恩恵は理解できなかったが、重い銭をジャラジャラと持ち歩くのは、たしかに不便なのかもしれない。

 ギルドを出る前に掲示板に貼られた〝依頼書〟をいくつか読んでもらったが、Gランクが受けられるのはどれも銅貨数枚という、安い報酬のばかり。こんなはしたがねでどうやって生活するのかと不思議に思えば、低ランクの内はこれらの依頼を複数掛け持ちして達成するのがコツなのだとか。森狼と小鬼討伐を両方受けておけば、一度の遠征で同時に達成できるという要領だ。

 ……冒険者としての格付けに興味はないが、金を稼ぐにはランクを上げた方が良さそうだな。

 冒険者証に髪を結うためのくみひもを通し、首から下げる。こうやってすぐに取り出せるようにしておくのが、冒険者としてのりゅうぎらしい。

「これで俺も今日から〝冒険者〟か」

 薄っぺらい石板を見つめながら、教わった内容を思い返す。

 ディアナが言うには、あの巨人すらCランクの魔物なのだという。つまり、危険度は上から四番目。まだまだ上がいるということだ。それに魔物だけではない。聞くところによると、冒険者の最高位、Sランクとは一人一人が一軍に匹敵するほどの強者なのだとか。

 ────聞けば聞くほど、知れば知るほど、この国は、このちまたは、

 魔物、冒険者、他種族。他にもまだ見ぬがいるのだろう。いっさいしゅじょう、挑む相手には事欠かない国だ。戦う相手に飢えていた身の上で、こんなにうれしいことはない。

 一度は家に戻ることも考えたが、この国でならきっと、きっともう少し旅を続けられる────

 冒険者ギルドの前で、黒須はフランツたちに向き直る。

「フランツ、パメラ、バルト、マウリ。街までの道案内、助かった。俺は宿でも探しに行こうと思う。しばらくはこの街にとどまるつもりでいるから、またいずれギルドで逢うだろう。色々と教えてくれて、ありがとう」

 彼らとの旅路は短くも楽しかった。名残惜しいが、出逢いと別れは旅の常だ。

 別れを告げてきびすを返し、歩き出そうとした矢先、背後から声を掛けられる。

「クロス、それなんだけどさ……。よかったら、俺たちの所に来ないか? 俺たち、安い家をパーティーで借りて住んでるんだ。部屋も余ってるから、クロスがまた旅に出るまで好きなだけいてくれて構わない。どうかな?」

「願ってもない話だが……。その、いいのか?」

 黒須はチラリとパメラに眼を向ける。誘いは嬉しく思うが、彼らのパーティーには婦女子がいるのだ。何処どこの馬の骨とも分からない男を泊めてしまって、本当に大丈夫なのだろうか。

「実は昨日、みんなで相談して誘ってみようって決めてたんですよ! クロスさんってこの国のこと全然知らないでしょう? このまま放っておけませんよ!」

「それに、ただの善意ってワケでもねえぞ。もちろん家賃は払ってもらうし、こっちにも打算があるんだ」

「打算か。俺に何を求める?」

「儂らはお前さんにこの国の常識や、冒険者としての知識を教えよう。その代わり、お前さんには儂らに稽古をつけてほしいんじゃ」

「俺たち、冒険者としてもっと上を目指したいんだ。今回の冒険で力不足を実感したからね……。クロスさえ良ければ、臨時のパーティーメンバーって待遇で迎えたいんだけど、受けてくれるかな?」

「……そういうことなら、やっかいになろうと思う。引き続き、よろしく頼む」

 そう言って、黒須は彼らに向かって頭を下げる。

 彼らにはきっと、この動作の本当の意味は伝わらないだろう。

 黒須が家族以外に対して頭を下げたのは、これが初めてのことだった。

 俺が人に頭を下げたなどと知ったら、父上は何と言うだろうな────────



   ~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~

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【書籍試し読み増量版】サムライ転移~お侍さんは異世界でもあんまり変わらない~1 四辻 いそら/MFブックス @mfbooks

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