第八話 お侍さん、冒険者になる(2)

 半信半疑におちいっている黒須を置き去りにして、マウリ以外の面々は大笑いしている。

「……お、落ち着きなよマウリ。ふふ……クロスに、説明してあげないと。……ブフッ!」

「チッ! 旅行小人は鍛治人と寿命は変わらねぇが、見た目の件が真逆の種族なんだよ! 俺らは百歳を超えた辺りから急激に老けるが、それまでは若い外見のままだ」

 それは何とも羨ましい限りだが……まさか、フランツやパメラもこう見えて高齢なのか?

 そう思い、黒須はバッと彼らを振り向く。

「えっと……。何を考えてるのかだいたい分かるけど、俺とパメラはクロスと同じ繁人族だからね。見た目通りの年齢だよ。ちなみに俺は二十二歳」

「私は十八歳ですよ!」

 よかった。今度は『実は俺は百歳なんだ』とか『私はまだ三歳です!』などという言葉が飛び出してくるかと思いきや、彼らは普通の人間なのか。いや、何が〝よかった〟なのかは分からないが。

「あとは……これだな」

 マウリは履物を脱いで裸足はだしになる。その足には足裏からくるぶしの辺りにかけて、髪と同じ色の巻き毛がびっしりと生えていた。れた足で茶色の綿毛を踏んだような状態である。

「俺はこえぇからいつもブーツを履いてるが、物音を立てたくねえヤツは素足のまま歩いたりする。人間よりも身軽で素早く動けるのも旅行ハーフ小人リングの特徴だ」

 マウリの話が終わったので、黒須は当然のようにディアナへ視線を移す。

「あ、やっぱり私も説明する流れですよね……。えっと、私は犬獣人クーシーという種族です。五感、特に嗅覚が繁人族よりも優れていて、身体能力が高いのが特徴ですね。私のように体の一部に獣の性質を持つ者を、総称して獣人族セリアン・スロープと呼びます。最も多様な種族と言われていて、狼獣人ウルガルド猫獣人ケットシー獅子獣人レオパルドスなど、色々な亜種がいますよ」

 …………やはり、異国はだ。

 彼らが言うには、他にもたくさんの種族が存在しているのだとか。鍛治人や旅行小人よりもはるかに長命な種族もいるらしく、この国では人を外見で判断しない方がいいと助言を受けた。武芸者として最低限の教訓だと思っていたことだが、そんなことは分かっているとはとても口にできる心境ではない。教わった内容がまだ完全にに落ちず、一人でもんもんと考え込んでいる内に、ディアナは登録作業を終えたようだ。

「では、こちらがクロスさんの冒険者証です。これは身分証としても利用できますが、紛失された場合は再発行にまた銀貨五枚が必要となりますので、注意してくださいね」

 ……ともかく、これで身分証の件は解決だ。

 少々気疲れしつつ冒険者証を受け取り────そこで、あることに気が付く。

 ディアナが渡してくれた冒険者証は、薄い石板に異国の文字がこまごまと彫り込まれているのだが、黒須はこれと似た物を持っていた。

「森の中の集落で拾ったのだが、これも冒険者証か?」

 いから拾った首飾りを五つ、取り出して見せる。

「それは……。クロス、集落ってどんな場所だった?」

 先ほどまでの大笑いはどこへやら、フランツたちは急に真剣な表情になった。

「お前たちと出逢った所から少し離れた場所にある、みすぼらしい寒村だった。小柄な者が大勢住んでいたが……その、襲い掛かってきたので、むをせんめつした」

 ────まずい。あの者たちを斬ったのは、ここが異国だと知る前だ。この国では罪に問われるかもしれない。

「それって、緑色の肌で耳のとがった生き物だったんじゃねえか?」

「そうだ。村の中に生首が転がされていたので、ぎの里だと思ったのだが…………」

「それ、小鬼ゴブリンっていう魔物だよ。あんな浅い場所に集落があったなんて……。何匹くらいいた?」

 ……あれも魔物だったのか。

 黒須は一気に魔物とそれ以外の区別が分からなくなった。巨人のように一眼見ていぎょうと分かるものならまだしも、小鬼は奇怪な風貌ではあったが、一応は人型。身なりを整えて着物を着せれば、体格はマウリと相違ない。頭から耳の生えているディアナの方が、よほど異様な人外に見える。

 あれを魔物と呼ぶのなら、他種族と魔物の違いは何なのか。理性の有無か、知性の有無か。それとも巨人の心臓から出てきた〝魔石〟という宝石の有無か。人のぞうなど見慣れているが、常人の腹の中にあのような石が埋まっているとはぶんにして聞いたことがない。敵意を持って向かってくるのなら人でも魔物でも斬り捨てるのみだが、いずれにせよ、どうやら想像以上に曖昧な線引きだ。

「小柄なのが三十ほどと、大柄なのが一匹いたな」

「大柄……小鬼頭ホブゴブリンまでいたのか。……ディアナさん」

「……ええ、確認しました。これはFランクパーティー〝フルムントの剣〟の皆さんの物です。最近見かけなかったので、その可能性は考えていましたが……。クロスさん、ありがとうございます。こちらはギルドから遺品として、彼らのえんじゃに届けさせていただきます」

 何にせよ、身元が分かってよかった。これでたまも少しは浮かばれるだろう。

 黒須は拾った首飾り、もとい冒険者証をディアナに渡し、覚えている範囲で集落の場所を伝えた。深い森の中なのでおぼろげな位置しか教えられなかったが、アンギラの冒険者は魔の森に精通しているため、おおよその土地の特徴さえ分かれば辿たどけるらしい。あれだけ広大な森を目印もなく進むとは、たてひきゃくまっさおである。

「ギルドから調査依頼を出して詳しく調べます。集落の規模に応じてクロスさんには特別報酬が支払われると思いますので、また追ってご連絡させていただきますね」

 あの集落を潰したのは冒険者になる前だったが、直近の出来事だったので報酬の対象にしてくれるそうだ。

「それと、これも拾ったのだが…………」

 おずおずと差し出したのは、少しばかり目減りしてしまった皮袋。

 つい先ほど、我が物顔で登録料を取り出したばかりなので居心地が悪いが、持ち主が判明した以上は黙って懐に入れる訳にもいくまい。

「いえ、それは魔物の巣に落ちていた物ですので、拾ったクロスさんに所有権があります。そのままお持ちください」

「……そうか」

 遺品をもらい受けるのはねこばばのようであまり気分の良いことではないが、返金しようにもこの国で使える金は持っていないため、正直助かる。

「では、脱線してしまいましたが、次に冒険者ギルドの規則についてご説明しますね」

 規則はさほど難しい内容ではなかったものの、〝A〟や〝B〟、〝ランク〟など、くだんのお国言葉が何度も登場したため、理解する方クロスさせる方ディアナ、お互いに努力が必要だった。

 ディアナの説明を要約すると────

 ・冒険者ギルドは国をまたいだ大組織である

 ・冒険者として活動している間、その者は流民るみんという扱いとなる

 ・冒険者はG~A、最上位にSと、八つの等級ランクに格付けされる

 ・依頼にも難易度に応じてG~Sの格付けがあり、冒険者ランクと同じか、その上下のものしか受けられない

 ・依頼に失敗すると、依頼ごとに定められた違約金を支払わなければならない

 ・魔物にも危険度に応じてG~Sという格付けがあり、冒険者ランクとは同級の魔物を単独で倒せるかどうかという目安になっている

 ・冒険者ランクの査定には依頼の達成率、ギルドへの貢献度、本人の素行などが加味されるため、単に戦闘能力が高いだけでは昇格しない

 ・冒険者ギルドが発出した強制依頼を拒否することはできない

 ・法を犯した場合、長期間依頼を受けなかった場合、強制依頼に応じなかった場合には、冒険者ランクの降格や冒険者資格をはくだつされる処罰もあり得る

 ────とのことだ。

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