第八話 お侍さん、冒険者になる(1)

 ──────この女、何者だ?

「クロスさん、どうしたんですか? ディアナさんの美しさにれちゃいましたか?」

 いや、どうしたもこうしたもない。俺だけか、違和感を持っているのは。

 改めてディアナという受付を凝視する。窓口に近づいて初めて気が付いたのだが、彼女の頭には、が生えていたのだ。珍妙な髪飾りの一種かとも考えたが、その耳はピコピコとせわしなく動いており、とても作り物には思えない。

 それ以外は普通の人間に見えるが……この女は巨人と同じ、魔物ではないのか?

 刀のつかにそっと手を掛け、無言のまま横を向く。

「おい、どうしたんだよ?」

「なんじゃいそのしぶづらは。腹でも痛いのか?」

 他の面々は何の疑問も抱いていない様子だ。

 ディアナと眼を見合わせて、不思議そうな顔でこちらを見ている。

「……………………」

 異国に来たのだと確信した時点で、多少の文化風習の違いは受け入れようと覚悟していたつもりだった。しかしまさか、人の頭から獣の耳が生えているなどと誰が予想できようか。こんなものは断じて文化の違いで済まされるような話ではない。

 …………いや、俺の覚悟が足りなかったのか?

 魔物という妖怪変化がちょうりょうばっする国、故国の常識は通用しないと考えるべきだ。この地において、彼らから見れば自分の方こそが異人。〝ごうっては郷に従え〟という言葉もあるように、彼女アレの正体が何だったとしても、これが既知の事柄であるならば受け入れる度量が必要ということなのだろう。つまり今、武士としての器を問われているのだ。

 ……今後、異国とは人外魔境だと思うことにしよう。

「────いや、何でもない。冒険者への登録を頼めるか?」

 髪に隠れて見えない普通の耳が一体どのようになっているのか、無性に気になって仕方がなかったが、どうにか平静を装って会話することに成功する。

「は、はい、分かりました。では、こちらの用紙に必要事項の記入をお願いできますか? 書けない部分は空欄で結構ですので。それと、登録料として銀貨五枚をいただきます」

「あっ、彼は文字が読めないので代筆をお願いできますか?」

「そうなんですね。かしこまりました」

 フランツが気を利かせてくれ、ディアナは出しかけた紙と筆を引っ込めた。

 くろは持ち主不明の皮袋から登録料を取り出して手渡す。

 審査の窓口で銀貨がどの硬貨かは把握していたので、今回は特に迷うことはなかった。

「それでは、まずお名前から教えてください」

「黒須もとちか。姓が黒須、名が元親だ」

 聞くところによると、この国でも名字は限られた身分にのみ与えられる特権なのだとか。そして名乗る際は名を先に、姓を後にする風習だという。

 誇るべき家名よりも名の方を重視するとは、全くもって理解し難い文化である。名乗りは武士にとって軽々しく変えられるようなものではなく、これに関しては流石さすがに受け入れることはできない。

「お名前はムトゥーティ……ん? モトティカ、さん? 失礼しました。モトゥーティカ・クロスさんでよろしいでしょうか」

「違いますよ、ディアナさん。彼の名はムゥートテッカ・クロスです。それで登録してくださ──」

「いや、クロスだ。ただのクロスでいい」

 どうも元親という名は発音しづらいらしく、フランツたちとった時にも似たようなやり取りがあった。黒須と呼ぶことを許しはしたものの、いきなり呼び捨てにされるとは思わなかったが。

「クロスさんですね。では次に、ご年齢は?」

「たしか、今年で二十七になるはずだ」

「へぇ……。お前、意外ととしいってんだな」

「私と同じくらいかと思ってました!」

 黒須はどちらかというと母に似た童顔で、若く見られることが多い。死合う相手にもそれを理由に油断する愚か者が絶えず、斬り伏せながら人を見掛けで判断することの危うさを学んだ。

「ご出身は?」

ほんこくだ」

 ディアナは聞き慣れない国名に少しばかり首をかしげたが、聞き返すことなく筆を進めた。

「種族は人間でよろしいですね」

「…………〝種族〟とは何だ?」

「「「「「えっ?」」」」」

 黒須の発した質問に、ディアナだけでなくフランツたちまでもが眼を丸くする。

 この反応から察するに〝種族〟とは知っていて当然の常識なのだろうが、『お前は人間か』などと尋ねられる意味が分からない。

「クロス、お前……。なぁ、もしかしてニホンって人間しかいなかったのか?」

「人間しか……? どういう意味だ」

 ポカンとあきれたような表情のマウリに問い返したが、返事を聞く前にバルトが割り込む。

「のぉ、クロスよ。お前さん、わしが人間に見えるか?」

「…………急に何を言い出すのかと思えば。当然だろう」

 無理問答でもしている気分だ。突拍子もない問い掛けに、げんに思いながらも素直に回答する。

 だが、次に彼の口から飛び出したのは、さらに突拍子もない内容だった。

「やはりか……。クロス、儂は人間ではない。鍛治人ドワーフという種族じゃ。それに、マウリは旅行ハーフ小人リング、ディアナは犬獣人クーシー。それぞれ繁人族レギオンとは異なる種族じゃ」

 ────混乱、疑念、当惑。

 聞き慣れない単語を耳にして、説明の中身を一直線に理解することができなかった。

「……すまんが、何を言っているのかまるで分からん。俺にはお前が人間にしか見えん。何が違うというのだ」

「儂ら鍛治人は繁人族に比べると総じて背が低く、手先が器用で力が強いのが特徴じゃ。それと少しばかり寿命も長くての、百五十年ほど生きる者が多い。儂はまだ四十に差し掛かったばかりの若輩者じゃがの」

じゅう、だと?」

 黒須の眼からは、バルトは古希七十うに過ぎた老人に見える。いや、たしかに街までの道中では、年の割によく弱音も吐かずに自分たちの歩調についてこられるものだと感心していたが、それは冒険者という特殊な職がゆえの体力だと思っていた。しかし、彼が言うには、鍛治人という種族は若い頃からずっとこんな外見なのだそうだ。その証拠に────────

「ほれ、あそこで飲んどる鍛治人。アレなんぞ、まだ二十歳はたちにもなっとらんわい」

 顎でしゃくるように示したのは、食堂で豪快にしゅはいを傾けている男。正直、バルトとうりふたつの老人だ。ほとんど見分けがつかない。違いと言えばひげが茶色く、編んでいないという点だけだ。

「あー……。なんか分かった気がするぜ。クロス、お前さ……俺のこと何歳いくつだと思ってる?」

とおかそこらだと思っていたが……違うのか?」

「やっぱりかよ!! 妙にガキ扱いしてくると思ったぜ! お前まだ二十七だよな? 俺は三十五だ!! お前より年上だっ!!」

 ────バルト以上の衝撃だ。ここにきて彼らがうそ偽りを述べているとは思わないが、こんなにも小さな童子こどもが年長者という事実はどうにも受け入れ難い。

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