第七話 お侍さん、街を見て確信する
アンギラの城門で受けた審査は、関所というには拍子抜けするほど簡素な
黒須は数年前に手形を雨にやられてから、たびたび関所破りを繰り返している。武士の場合は素通りさせてくれることもあるため、一度顔を出し、断られれば
しかし、まさか手持ちの路銀が使えないとは思わなかったが、あのとき集落で拾った硬貨がこの国の金で助かった。盗品と思われる物を勝手に使うのには若干引け目を感じたものの、皮袋には名前など書かれていないのだ。どの道、誰に返すこともできなかっただろう。
窓口で台帳に記入を求められたが、そこには訳の分からぬ異国文字。フランツたちだけではなく、門番や受付も
何にせよ、ようやっと念願の人里だ────────
高さ
これまで立ち寄った町との違いの大きさに、
見知ったものなど何一つとしてなく、住民も日本人とは似ても似つかぬ者ばかり。
──────決まりだ。やはり、ここは異国。フランツたちの言葉に
街までの
黒須はこれまで誰かと旅路を共にしたことはなかったが、彼らとの同行を存外に楽しんでいた。もし自分に友と呼べる者がいればこんな感じなのかもなと、似合わぬことを考えるほどに。
「クロスのそんな顔は初めて見たな」
フランツの
「すまん、
「気に入ってくれたみたいで
フランツの先導で街の中を進む。商店の前を通るたび、皆が
これまで町を訪れた際には剣術道場や武家屋敷以外に意識を向けたことはなかったが、時間が空けば一通り散策してみようと心に決める。
────そうだ。異国の街並みに夢中で忘れていたが、まずはこれを
「この辺りに湯屋はあるか?」
「ユヤ……? ユヤってなんだ?」
「銭湯風呂、
黒須は風呂が大好きだ。武に関わること以外では、唯一の趣味と言っても過言ではない。
入浴中は無防備になるため武士には風呂嫌いが多く、家族でも父と次兄は『
武士は刀を預けてから浴場に入るのが風呂の作法なのだが、一度、
裸の付き合いをした者に身分は関係ないなどと言われており、湯屋の二階では武士も町人も入り交じって
「ふむ、どれも聞き覚えがないの。体を洗いたいのなら、そこらの井戸を勝手に使っても叱られはせんぞ?」
「値段の高い宿屋だと、部屋に香油入りのお湯を運んでくれたりするらしいけど、この辺の安宿じゃ外で水浴びが普通だよ」
二人から申し渡された無慈悲な宣告に
「湯屋が…………ないのか。こんな大きな街に」
〝武士は食わねど
飯が食えずとも
「ここがアンギラの冒険者ギルドですよ!」
パメラが指差したのは周囲と比べて一際目立つ建物だった。見る者を圧するが如く
慣れた様子で建物に入っていく皆に続いて入り口を潜ると、中も広々とした造りになっていた。正面にはいくつかの窓口があり、その奥では大勢が
「お疲れ様です、ディアナさん。討伐依頼の達成報告に来ました」
「おかえりなさい、フランツさん! 依頼書の内容を確認するので少々お待ちください」
どうやら受付とは顔見知りらしい。軽く挨拶を交わして、
「──はい、
ディアナと呼ばれた女は、なにやら紙を取り出してサッと眼を通したあと、討伐証明の数を数えて何枚かの硬貨をフランツに手渡した。
「……………………」
頭の中に疑問符が舞う。冒険者とギルドの関係は事前に説明を聞いていたが、想像していたよりずっと簡潔なやり取りだ。もしあれがただの
「それと、魔の森を探索中に
「えぇっ!? よ、よくご無事でしたね…………。巨人はCランクの魔物ですよ!」
えらく驚いているが、〝しーらんく〟とはどういう意味だ。フランツたちは流暢な日本語を話す割に、時たま妙な単語を口にすることがある。この辺りのお国言葉のようなものかもしれない。
「いえ、俺たちは手も足も出なかったですよ。正直言って、殺される寸前でした。ほら、彼に助けられたんです」
そう言ってこちらに眼を向けるので、黒須も窓口に歩み寄る。
近くで見ると、窓口の中にいる者たちは皆
「彼、国外から来た旅人なんですけど、巨人を一撃で倒すような
「それは凄いですね……。ようこそ冒険者ギルドへ! 私は受付担当のディアナと申します。よろしくお願いします」
「………………………………」
「あ、あの……?」
ディアナは丁寧な挨拶をしてくれたが、黒須は全く別のことに気を取られており、言葉を返すどころではなかった。
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