第六話 冒険者さん、お侍と街へ行く(4)
「見えてきたよ。あれがアンギラ辺境伯領の領都、辺境都市アンギラだ」
草原で朝を迎えて出立し、小高い丘を登り切ったところで、ようやく見慣れた街の景色が視界に入った。王国最西端の要衝であるアンギラは、高い城壁に丸く囲まれた
「…………クロスさん?」
当惑したパメラの声に振り返ると、そこには、これまで見たことのない顔をしたクロスが
「────この街は、いつから、ここに
眼下の街に視線を固定させたまま、一つ一つ、頭の中で必死に言葉を捜しているような話し方。
たしかにアンギラは他に類を見ないほど巨大な都市ではあるのだが、ここまで驚くとは思わなかった。失礼ながら、彼は相当
「えっと……。どうだっけ、バルト?」
「儂も正確な年代までは知らんが、少なくとも、あの城壁が完成したのは二百年以上前という話じゃ。アンギラ家はその功績を認められて辺境伯に
その答えに納得したのかしていないのか、彼はたっぷり十秒ほど顎に手を当てじっと考え込むと、意を決したような面持ちになった。
「…………いや、驚いた。こんなに大きな街は初めてだ。堀でなく、城壁で総構えを築くとは……。音に聞こえた大坂城も
遠くに見える都市を目を皿のようにして見つめ、興奮しているのか、いつになく
自分たちの住む街を褒められ、仲間たちの顔に笑みが浮かぶ。
「さあ、今日は結構混んでいるみたいだ。俺たちも早いとこ列に並ぼう」
風景に
「身分証の提示を」
「よし、お前たちは問題ない。……そこの者は? 身分証は持っていないのか?」
「ああ、他国からの旅の途中でな。金を払えば街に入れると聞いたのだが」
「おお、外国からの来訪者だったか。なら、そこの窓口で保証金を払えば問題ないぞ。ようこそアンギラへ! この街は旅人を歓迎する!」
城門の脇に隣接するように建てられた小さな建物へ向かう。存在は知っていたが、これまで保証金を支払ったことがないため、フランツもこの窓口に来るのは初めてだった。物々しく槍で武装した門兵と違い、こちらには頑丈そうな鉄柵越しではあるものの、平服に近い格好の女性が受付に座っている。
「保証金の支払いはここで合っているか?」
「はい、こちらで受け付けできますよ。銀貨三枚を保証金としていただいております。それと、こちらの台帳に記入をお願いできますか?」
「承知した。では、これで頼む」
「…………あの、この硬貨はあなたの国のものでしょうか? 申し訳ありませんが、これは使えません。共通通貨かルクス貨幣はお持ちではないですか?」
受付の困惑した声を聞いて手元を覗き込むと、クロスが差し出したのは見たことのない四角い硬貨だった。たしかに銀でできてはいるようだが────────
「クロスさん、もしかしてこの国のお金持ってないんですか? 四角じゃなくて丸いやつですよ!」
パメラがそう教えると、彼は何かを思い出したように別の袋を取り出し、その中身をジャラジャラとカウンターの上にぶちまけた。
「この中に使える物はあるか?」
「なんだ、ちゃんと持ってるじゃないですか。あっ、これが銀貨ですよ」
広げられた硬貨は保証金を払うには十分な額があった。…………というか、金貨も数枚混ざっており、ちょっとした大金だ。ファラス王国を知らないと言っていた彼が、どうしてこんな大金を持っているのか疑問に思ったが、それを口にする前に声を掛けられる。
「フランツ。すまんが、台帳の文字が読めん。代筆を頼めるか?」
「ん? ああ、いいよ」
台帳は名前と出身国を記入するだけの簡単な内容だった。羽根ペンでサラサラと書いていく。
ファラス王国では他の四大国と同じ共通語が使用されているが、文字を学ぶ機会というのは案外少ない。貴族たちは庶民に過度な知識を与えると反乱を招くと考えているらしく、教育機関を全て王都に集約してしまっているのだ。そのため、地方で生まれた者には読み書きのできない者が多く、識字率は六割に満たないと言われている。フランツは小さな頃から通っていたルクストラ教の教会で、子供たちが互いに教え合う勉強会のようなものに参加して文字を学んだ。親から言われて嫌々やっていた勉強だったが、今となっては依頼書を読むにも大きな助けとなっている。
「はい、書けたよ」
受付に内容を確認してもらい、ようやく門を抜けることができた。露店の並ぶ見慣れた広場が目に入り、肩の荷が下りたようにほっと息を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます