第六話 冒険者さん、お侍と街へ行く(4)

「見えてきたよ。あれがアンギラ辺境伯領の領都、辺境都市アンギラだ」

 草原で朝を迎えて出立し、小高い丘を登り切ったところで、ようやく見慣れた街の景色が視界に入った。王国最西端の要衝であるアンギラは、高い城壁に丸く囲まれたじょうかく都市だ。内外の壁際には緑も残っているが、れん造りで統一された街並みは円の中央に向かって密集し、中心には純白の領主城がそびえ立っている。周囲を見張るために一際高く造られた城のせんとうは〝西方の守護塔〟の愛称で街の象徴シンボルとして親しまれており、あの塔が見えるとやっと帰ってきたのだという実感が湧く。

「…………クロスさん?」

 当惑したパメラの声に振り返ると、そこには、これまで見たことのない顔をしたクロスがのように突っ立っていた。ぽかんと半開きにした口を気にも留めず、目を見開き、肌は色を失ってぼうぜんとしている。晴天で雷に打たれたかのような、心底きょうがくした表情だ。喜怒哀楽をなかなか表に出さないため、ごうに呑まれても顔色一つ変えないのではと思っていたが、こんな顔もできたのか。

「────この街は、いつから、ここにる?」

 眼下の街に視線を固定させたまま、一つ一つ、頭の中で必死に言葉を捜しているような話し方。

 たしかにアンギラは他に類を見ないほど巨大な都市ではあるのだが、ここまで驚くとは思わなかった。失礼ながら、彼は相当へんな田舎から出てきたのかもしれない。

「えっと……。どうだっけ、バルト?」

「儂も正確な年代までは知らんが、少なくとも、あの城壁が完成したのは二百年以上前という話じゃ。アンギラ家はその功績を認められて辺境伯にしょうしゃくされたと言われておるからの」

 その答えに納得したのかしていないのか、彼はたっぷり十秒ほど顎に手を当てじっと考え込むと、意を決したような面持ちになった。まゆを寄せ、死地に赴く兵士のようにひどく神妙な表情だ。

「…………いや、驚いた。こんなに大きな街は初めてだ。堀でなく、城壁で総構えを築くとは……。音に聞こえた大坂城もくやらん。まるで街そのものが一つの城のようだ。完成するまで一体どれだけの年月が掛かったのか、想像もできん。あの長い行列は街に入ろうとする者たちか……。ここを治める人物は、相当なけっなのだろうな」

 遠くに見える都市を目を皿のようにして見つめ、興奮しているのか、いつになくじょうぜつだ。

 自分たちの住む街を褒められ、仲間たちの顔に笑みが浮かぶ。

「さあ、今日は結構混んでいるみたいだ。俺たちも早いとこ列に並ぼう」

 風景にくぎけになっているクロスの肩をポンポンとたたき、一行は審査待ちの行列へと向かった。


「身分証の提示を」

 やりを持った門兵に要求され、フランツたちは首から下げている冒険者証を取り出して見せる。

「よし、お前たちは問題ない。……そこの者は? 身分証は持っていないのか?」

「ああ、他国からの旅の途中でな。金を払えば街に入れると聞いたのだが」

「おお、外国からの来訪者だったか。なら、そこの窓口で保証金を払えば問題ないぞ。ようこそアンギラへ! この街は旅人を歓迎する!」

 城門の脇に隣接するように建てられた小さな建物へ向かう。存在は知っていたが、これまで保証金を支払ったことがないため、フランツもこの窓口に来るのは初めてだった。物々しく槍で武装した門兵と違い、こちらには頑丈そうな鉄柵越しではあるものの、平服に近い格好の女性が受付に座っている。

「保証金の支払いはここで合っているか?」

「はい、こちらで受け付けできますよ。銀貨三枚を保証金としていただいております。それと、こちらの台帳に記入をお願いできますか?」

「承知した。では、これで頼む」

「…………あの、この硬貨はあなたの国のものでしょうか? 申し訳ありませんが、これは使えません。共通通貨かルクス貨幣はお持ちではないですか?」

 受付の困惑した声を聞いて手元を覗き込むと、クロスが差し出したのは見たことのない四角い硬貨だった。たしかに銀でできてはいるようだが────────

「クロスさん、もしかしてこの国のお金持ってないんですか? 四角じゃなくて丸いやつですよ!」

 パメラがそう教えると、彼は何かを思い出したように別の袋を取り出し、その中身をジャラジャラとカウンターの上にぶちまけた。

「この中に使える物はあるか?」

「なんだ、ちゃんと持ってるじゃないですか。あっ、これが銀貨ですよ」

 広げられた硬貨は保証金を払うには十分な額があった。…………というか、金貨も数枚混ざっており、ちょっとした大金だ。ファラス王国を知らないと言っていた彼が、どうしてこんな大金を持っているのか疑問に思ったが、それを口にする前に声を掛けられる。

「フランツ。すまんが、台帳の文字が読めん。代筆を頼めるか?」

「ん? ああ、いいよ」

 台帳は名前と出身国を記入するだけの簡単な内容だった。羽根ペンでサラサラと書いていく。

 ファラス王国では他の四大国と同じ共通語が使用されているが、文字を学ぶ機会というのは案外少ない。貴族たちは庶民に過度な知識を与えると反乱を招くと考えているらしく、教育機関を全て王都に集約してしまっているのだ。そのため、地方で生まれた者には読み書きのできない者が多く、識字率は六割に満たないと言われている。フランツは小さな頃から通っていたルクストラ教の教会で、子供たちが互いに教え合う勉強会のようなものに参加して文字を学んだ。親から言われて嫌々やっていた勉強だったが、今となっては依頼書を読むにも大きな助けとなっている。

「はい、書けたよ」

 受付に内容を確認してもらい、ようやく門を抜けることができた。露店の並ぶ見慣れた広場が目に入り、肩の荷が下りたようにほっと息をく。たった数日の外出のはずが、今回は色々と濃度の濃い冒険だったため、随分と街が懐かしく感じた。

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