第六話 冒険者さん、お侍と街へ行く(3)


    ◆ ◆ ◆


「……みんな、まだ起きてるよね?」

 テントに入って三十分ほど経過しただろうか。フランツのささやき声に仲間たちが顔を上げる。

 本来、野営中は次の日に備えてさっさと寝ることが冒険者の鉄則なのだが、明日の昼にはアンギラに着く予定だ。多少の夜更かしは許容範囲だろう。

「クロスってさ……何者なんだと思う?」

 外に漏れ聞こえないよう、ボソボソと言葉を続ける。

 実は、彼について少しだけ怪しんでいることがあった。命を救われた立場で疑うようなはしたくないが、疑念が頭にまとわりついて離れず、このままでは眠れそうにない。

「俺さ、もしかするとクロスはニホンって国……いや、もしその国から来たって話がデタラメだったとしても、どこかの貴族様なんじゃないかと思うんだ」

 彼の立ち振る舞いに感じた強烈な違和感。一挙手一投足に隙がなく、食事の様子一つ取ってもどこか気品が見え隠れしていた。浮世離れした雰囲気というか、洗練されている、という表現が適切だろうか。なんと言えばいいか分からないが、とにかく、明らかに自分たちとは〝何かが違う〟と感じさせられたのだ。

 仲間たちも似たような感想を抱いていたのか、その発言に驚く素振りは見せなかった。

「儂もその話はみにゃしとらんが……。貴族の息子にしちゃあ、アレはちと。どこの国の貴族もそれなりに剣を学ぶらしいが、あくまで手習い程度のおままごとじゃ。単身で魔の森を踏破できる貴族なんぞ、おるとは思えんがの」

 バルトの言う通り、貴族には剣よりも魔術を重視する風潮がある。

 大暴走スタンピードの際も前線には出ず、後方から魔術による支援攻撃をしている印象が強い。

「でもよ、アイツ〝己の暮らす場所を守るために命を懸けるのは当然だ〟って、言い切ってたぜ。ありゃどう考えても貴族の言葉だろ」

「うーん……。もしかして、騎士様なんじゃないですか?」

 ファラス王国では大きな活躍をしたと国王が認めた者に、騎士爵という貴族位が与えられることがある。建前上は平民や流民にもその可能性チャンスがあるとされているが、実際にはよほどの大偉業でもない限り、取り立ててはもらえない。事実上、とくを継げない貴族子弟たちを救済するためにあるような制度だ。相続のできない一代限りの爵位であるのため〝準貴族〟などと呼ばれているが、庶民からすれば貴族は貴族である。

「あの若さで騎士ってのも無理があるような……。いや、他国だとそうでもないのかな」

「そもそも、ニホンって本当に実在すんのか? 俺はアンギラに来る前は大陸中をあちこち旅してたが、魔物のいねぇ国どころか、そんな地域すら聞いたことねえぞ」

「有り得るとすりゃあ、北の小国群じゃな。あの一帯はまだまだ戦争も多い。いまだに毎年、国が増えたり減ったりしておるらしいからの」

 この大陸はよんたいこくと呼ばれる王国・帝国・聖国・共和国の四つの列強国と、その周辺に点在する無数の小国で構成されている。その大国の一つ、大陸北西部に位置するオルクス帝国は、大陸統一をこくに掲げる覇権国家だ。常に周辺国を相手に侵略戦争を企てており、そのあおりを受けた北の小国群は、帝国に恭順する国とあらがう国が小国同士でも争い合い、混迷を極めているらしい。

「いっそ明日、本人に聞いてみますか? クロスさんならあっさり答えてくれそうな気もしますし」

「どうだろう……。十年も旅してるって話だし、もし貴族様だとしたら、何か訳ありっぽい気もするんだよね」

 冒険者にもごく稀に貴族関係者がいるが、それは若い貴族子弟のお遊びか、あるいは不祥事などでお取り潰しにされた貴族家のえんじゃむをず、という場合が多い。アンギラのギルドにも何組かそういうパーティーが在籍していたはずだ。流民に混ざるのは彼らのきょうが許さないのか、ほとんど会話をしたことはないが。

「やめとけやめとけ。冒険者同士でもアレやコレやと詮索するのは無粋者だけよ。あやつが何者にせよ、とにかく儂らは命を救われたんじゃ。小事にこだわって大事を失う必要はあるまい」

 バルトははえでも払うように手を振って、枕にしていたフォレストウルフの毛皮に寄りかかる。

「だな。よく分からねぇところもあるが、根は善人だと思うぜ、アイツ。でなきゃ、そもそも俺らを助けたりはしねえだろうさ」

「それもそうですねぇ。まぁ、巨人と戦ってる時はちょっと危ない人なのかなと思いましたけど……。それに、みんな気が付きましたか? クロスさん、角兎も赤頭鳥も慣れた手つきでれいさばいてましたよ。巨人の皮をく剥げないって言ってましたけど、アレって、私たちが無駄骨にならないように気を遣ってくれたんだと思います」

 それは────気が付かなかった。もしその話が事実なら、彼はおひとしとさえ言える人物だ。そんな相手を疑ってしまうとは、自分で自分が恥ずかしくなる。

「そうだね、出自なんて関係ないか」

 会話を総括するように言ったフランツの言葉に、仲間たちは首肯して同意を示した。

「そんなことより、儂はあの強さと剣の方に興味があるけどの。まさか巨人を一撃で仕留めるとは……。一体どんな鍛錬をすればあんな真似ができるのか、想像もつかんわい。結局、剣は見せてくれんかったが…………」

 ここまでの道中、バルトは何度もクロスに『一目でいいから剣を見せてくれ!』『剣を触らせてくれ! 金なら払うぞ!』と頼み込んでいたのだ。相当しつこく食い下がっていたが、彼は決して首を縦には振らなかった。よほど大切な剣なのだろう。

「Cランクの魔物相手に楽勝だったからね……。間違いなく高位冒険者クラスの実力だと思うよ」

「弓も片手間にやってるようなレベルじゃなかったぜ。十八種の武技を身に付けてるって話も、あながち大げさじゃねぇかもな。……それと、あの妙な歩き方だよな」

「ああ、アレか」

「たしかに、独特な体の使い方だよね」

「歩き方? どこかおかしかったですか?」

 ざといマウリと前衛二人はそのことにすぐ気が付いていたが、後衛のパメラには分からなかったようだ。

「普通は左右の手足を交互に前に出して歩くだろ? クロスは右手と右足、左手と左足を同時に動かすヘンテコな歩き方なんだよ」

 そう、一見すると自然な動作で分かりづらいのだが、彼は背中に棒が刺さっているのかと思うほど上半身をまっすぐに固定させ、体をじらず、足を高く上げず、手をほとんど振らず、前傾姿勢のまま滑るように歩くのだ。凹凸が多い森の中、その異様な動きは嫌でも目についた。

「狩りの時に聞いてみたら、アイツの国じゃそれが当たり前らしいぜ。逆に俺らの歩き方が変だと思って見てたんだとさ。『その歩法で疲れんのか?』って、不思議そうな顔で言ってたよ」

「…………本当に、どこから来たんでしょうね」

「食事中も不自然なほど右手を使わんようにしておった。ありゃあ、いつでも剣を抜けるように備えとるな。並の剣士ではあそこまで徹底できんもんじゃ」

「同じ剣士としては耳が痛いなぁ……。それでさ、実はここからが本題なんだけど……今回の遭遇戦で、俺は改めて力不足を実感した。今生きていられるのは、本当に運が良かっただけだ。だから、もしクロスが────────」

 結局、フランツたちの話し合いはクロスが次の見張り番を呼びに来るまで続いた。


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