第六話 冒険者さん、お侍と街へ行く(2)

 当初の予定通り、夕方には森を抜けることができた。目の前にはアンギラへと続く広大な草原が広がっている。紅に金を混ぜた鮮烈な色彩、夕焼けに照らされて風になびく草原は何度見ても美しい。

「暗くなる前に野営の準備をしてしまおう。悪いけど、クロスも手伝ってくれるかな」

もちろんだ。指示をくれ、

 冒険者パーティーについて説明して以降、クロスは面白がっているのか、リーダーリーダーとからかってくるようになった。自分よりもはるかに強い男にそう呼ばれるのは、照れ臭いような、恥ずかしいような、むずがゆい気分だ。しかしなによりも、堅物かたぶつだと思っていた彼にそういった一面があると知れたことがうれしかった。

「私はテントを張りますね、リーダー」

わしかまどを作るぞ、リーダー」

「んじゃ俺は晩飯でも調達してくるぜ、リーダー」

 ────まぁ、仲間たちまで悪ノリしているのはムカつくが。

「じゃあ、クロスはマウリと一緒に食料の調達を頼めるかな?」

「承知した」

「よっしゃ! 俺の予備の弓貸すからよ、どっちが多く獲物を狩れるか勝負しようぜ!」

「いいだろう。だが、勝負ということなら手加減はできんぞ。負けても泣くなよ」

「言ってろ! 剣じゃ勝てねぇが、俺は弓士だ! 絶対負けねえ!!」

 ワイワイと騒ぎながら走っていく二人を見送り、フランツはまきを集め始める。

 ここまでの道程でクロスは随分とパーティーにんだが、やはりマウリを一番気にかけているようだ。荷物を代わりに持ってやったり、マウリが何かをするたびに『すごいな』『偉いぞ』『立派だ』などと褒めたりする。きっと、彼の生まれた国では他種族への差別や偏見が少なかったのだろう。

 多種多様な冒険者が集まるアンギラでは、王国の他の地域に比べると種族間の差別は少ない方だ。それでも、小人族バギンズへの偏見だけはいまだ根強く残っている。

 小人族には盗手小人ケンダーという亜種がいるのだが、彼らはとにかく。欲しい物や気に入った物が目の前にあれば、相手や場所を考えずに手を伸ばすのだ。それでいて、捕まったとしても悪びれることもなく『このパンがボクに食べてほしいって言ったんだー!』などと平気で言うような不良種族である。せっこうとしては極めて高い能力を持っているが、その悪癖のためにパーティーに誘われることは少ない。

 そして残念なことに、その悪評は小人族全体に波及してしまっている。小人族というのは種族間で見た目に差異がなく、本人たち以外には見分けがつかないのだ。よって、善良な種族である旅行ハーフ小人リング妖精グラス小人ランナー兵団リリ小人パット蕗下小人コロポックルたちも盗手小人ケンダーと同一視され、敬遠される傾向が強い。人によっては小人族はいさかいの種だと言ってはばからない者さえいるのが実情だ。現在は陽気なお調子者ムードメーカーであるマウリにも、荒野のもりびとに加わるまでには様々な苦難があったと聞いている。

 …………少なくとも、俺の目の届く範囲ではもう嫌な思いはさせたくないな────

「おおい、かまどができたぞい」

「テントも張れましたよー」

 もやもやと取り留めもないことを考えていると、後ろから聞こえた声に耳をくいと引っ張られる。

「ありがとう。薪も十分集まったし、パメラ、火を頼むよ」

「はいはーい」

 彼女は竈の前にしゃがみ込み、火口フリントの奇跡で火をつけた。やはり火の魔術は便利だなと思う半面、時折、わずかばかりの嫉妬にさいなまれることがある。フランツは光の属性に適性を持っているが、才能には恵まれなかった。これまできちんと魔術を学ぶ機会もなかったため、唯一できることと言えば暗闇で小さな明かりをともすくらい。熟練者になれば他の属性よりも強力な治癒の奇跡が扱えるそうだが、現状、冒険にはなんの役にも立っていなかった。

 俺がパーティーの回復役になれれば、もっと依頼の幅も広がるんだけどな…………

「よし、じゃあ後は食料班の帰りを待とうか」


 たきにあたりながら待っていると、獲物を持った二人が戻ってきた。

 両腕にホーンラビット赤頭クルル・フェザントを何羽も抱えている。

「おかえり。大猟だね」

 ねぎらいの言葉を掛けるが、マウリにはいつもの元気がない。

 どうやら狩り勝負はクロスに軍配が上がったようだ。

「弓で負けた……。コイツ、やっぱバケモンだ」

「クロス、お前さん剣士じゃろう? 弓も使えたのか?」

げいじゅうはっぱんと言ってな、俺の国では剣術以外にも、弓術、そうじゅつ、馬術など、戦いに役立つ十八種の武技を修めることが推奨されていた。俺も得手不得手はあるが全てそれなりに扱える。中でも弓は得意な武器だ」

「「………………………」」

「マウリ、クロスさんの腕前はそんなに凄かったんですか?」

「……一流だよ。俺と同じ弓なのに、飛距離も威力もケタ違いだった。森人エルフの弓みてぇだったぜ」

「ま、まぁ、とりあえず食事にしようか」

 夕飯はうさぎと鳥に塩を振って焼いただけの簡単な料理だったが、量だけはたくさんあったので、十分に満足することができた。…………塩加減を間違ったのか、ちょっと塩辛かったが。

 夕日が丘の向こう側へ完全に落ち切り、一行は交代で不寝ねずのばんを立てて眠ることにした。遮蔽物のほとんどない草原とはいえ、ここはまだ魔の森の間近。油断はできない。順番は適当に決めたのだが、最初はクロスが名乗りを上げてくれたので、他の面々はテントへ潜り込む。

 ところで、ここで少し問題が起きた。冒険者は行軍中の負担を減らすため、依頼に出る時は決まって最低限の荷物しか持たない。当然テントも一つしか持ってきておらず、いつものように皆で寝る準備を進めていたのだが────これに、クロスが強い拒否感を示したのだ。

 彼いわく、『婦女子とどうきんなどできるか!』だそうだ。

 それを聞いたパメラは久々に女性扱いされたのが嬉しかったのか、大喜びしていたが……。

 結局、何を言ってもクロスはがんとしてうなずかず、彼は一人、外で寝ることになってしまった。

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