第六話 冒険者さん、お侍と街へ行く(1)

 クロスの貸してくれたナイフは素晴らしい逸品だった。

 岩のように硬い巨人トロルの皮が牛酪バターのようにスルスル切れる。

「いい加減代われって!! いつまでやってんだお前!」

「うるさいです! 今は私の番ですよ!」

 いつもは解体を嫌がるパメラまでもが率先して皮をごうとするので、しまいには仲間うちで取り合いになるほどだった。

「クロスよ、このナイフはどこで手に入れた代物じゃ!? どんな金属で造られとるのか、まるで分からん!」

 鍛冶人ドワーフはその名が表す通り、鍛治や細工、ちょうきんなど、物造りを好む者が多い種族だ。普段からパーティーの武器や防具を管理してくれているバルトもご多分に漏れず、全身のを忘れたかのように興奮している。

「それは旅に出る時に母が持たせてくれた品だ。俺は鍛治にはうとくてな、何でできているのかまでは知らん」

「売ってくれっ!!」

「駄目だ」

 取り付く島もなく断られているが、その気持ちもよく分かる。高価なナイフがこんなにも便利な物だとは思ってもみなかったのだ。バルトが言い出さなければ、自分が頼んでいたかもしれない。

「…………っと。おら、全部剥げたぜー。傷も少ねえし、こりゃ期待できそうだ」

 マウリが剥ぎ取った皮をバッと広げて見せる。クロスが斬った部分以外に目立った損傷はなく、初めての巨人の解体にしては上々の出来栄えと言えるだろう。しかし──────

 俺も頑張ったんだけどなぁ…………

 フランツは自分が攻撃していた足と彼が斬った脇腹の皮を見比べて、少しだけ悲しくなった。

 最後に胸を切り開き、魔石を取り出して解体終了だ。

「よし、それじゃあ出発しようか。今から出れば日暮れまでに森を抜けられるだろうし、草原で一泊して明日には街だ」

 荷物をまとめ、帰路に就く。今回は大変な冒険だったし、街に戻ったらしばらく休息期間にしようとフランツは考えていた。どのみち、装備を修繕に出さないことには次の依頼も受けられない。

「これから向かう町はどんな所だ?」

 修理費用を想像して憂鬱な気分になっていると、クロスがすっと隣に並んで話し掛けてきた。戦闘中は狂気じみた人物なのかと思ったが、話してみれば意外と気さくな青年である。

「辺境都市アンギラって街だよ。魔の森が近くて、領内に迷宮ダンジョンもあるからね。〝冒険者の楽園〟って呼ばれてる大きな街さ」

「……………………」

 そう言って横を見ると、なぜか彼は驚いたような、あきれたような、不思議な顔をしていた。

 冒険者の楽園などと言ったのがおおに思われたのかもしれない。

「そういえばクロスさん、魔の森に迷い込んだって言ってましたけど、身分証はお持ちなんですか? アンギラの城門には兵士さんの審査がありますよ」

「関所があるのか。身分証……通行手形のような物か。あいにくと随分前に雨でやられてしまってな……。今は持ち合わせていないが、まずいか?」

「いえ、身分証がなくても保証金を払えば大丈夫ですよ。ただ、街に出入りするたびにお金を取られてしまうので、持っておいた方がいいですね」

 ファラス王国は封建制度の国だ。アンギラを含め、各地の都市は貴族たちが支配しており、平民は街に入るたびにその地を治める領主が定めた通行税を支払う必要がある。よほどの悪徳領主でない限り大した金額にはならないが、どこの街も外国人に対する税は割高になっていたはずだ。

「そうか……。ぎんは多少持っているが、その身分証は俺のようなものでも手に入るのか?」

「ワリと簡単に手に入りますよ。住人用とか商人用とか、色々と種類もありますけど……やっぱり、オススメは冒険者用ですね! 冒険者として登録するだけで身分証がもらえます。冒険者になればほとんどの街が無料で通行できますし、毎年の税金も取られません! 冒険者向けの宿で身分証を提示すれば、割引を受けられたりもしますよ! 旅人のクロスさんにはピッタリです!」

 パメラはクロスを冒険者にしたいようだ。

 普段は人見知りする性格なのだが、どうやら命を助けられたことで彼になついたらしい。

 ただ、冒険者に登録するということの意味について、肝心な部分の説明を省いている。

「それなら街にいる全員が冒険者になりたがるのではないか? 税を免除されるなど、ひゃくしょうどもにとっては夢のような話に思えるが」

「うっ……。い、意外と鋭いですね。実は良いことばかりでもなくて……まぁ、大したことではないんですが、多少の不利益もあるような、ないような──────」

 あえて隠していたであろう点を指摘され、彼女は分かりやすく狼狽うろたえた。

 クロスから目をらし、明らかにそうとしている。

「詐欺師みてぇな説明してんじゃねえよ! ……いいか、クロス。冒険者は税を免除される代わりに、みんとして扱われる。住民として認められてねえから結婚はできねぇし、家も買えねぇぐさだ。それに〝強制依頼〟ってのがあってな。他の住人と違って、魔物が街に攻めてきたら最前線で戦うがあるんだ」

 魔の森や迷宮ダンジョンなど、魔物が多くみついている場所ではまれ大暴走スタンピードが発生する。原因はよく分かっていないが、理性をなくした魔物の群れは、なぜか人の多い場所へと一直線に向かうのだ。そういった緊急事態の場合、冒険者は領軍の指揮下に入り戦う義務を負っているのだが、往々にして最前線へ送られることが多い。税を納めず、各地を放浪する冒険者の命の価値は、領主から見れば兵士よりも格段に安く映るのだろう。

「マウリは難しいことを知っていて偉いな。よく学んでいる。立派なことだ」

「お、おう。なんか……。いや、まぁいいか」

 クロスはマウリがお気に入りなのか、彼にだけ特に優しい気がする。

「しかし、聞いた限りでは不利益と呼べるようなものではないな。俺も街に着いたら冒険者用の身分証とやらを手に入れるとしよう」

 忠告が心に届かなかったのか、彼はいとも簡単に結論を出してしまった。

 パメラは目を輝かせているが、その判断は少々軽率に思える。

「さらっと即決するような軽い選択じゃあないわい。お前さんはまだ若いんじゃ。よく考えて決めた方がええぞ。アンギラじゃあ強制依頼の頻度は多い。アレのたびに死体が山と積み上がる」

 バルトが瞳をのぞき込むように優しくさとしても、彼の顔色はまったく変わらなかった。

「定住やしょたいを望むなら、そもそも十年も武者修行の旅などしておらん。それに義務と言われずとも、己の暮らす場所を命懸けでまもるのは当然の話だろう。戦える者が戦えぬ者を護るのは武芸者としての根本、物の道理だ。それを忘れてしまっては、何のために戦っているのか分からなくなる」

 クロスが平然と言った言葉に、フランツたちは目を見合わせた。

 その思考は冒険者というよりも、街を守る兵士や騎士に近いものだ。

 それに、強いとは思っていたが、まさかそんなに長く戦いの旅を続けていたとは…………

 彼は一体、どんな人生を歩んできたのだろう。

 そんなことを考えさせられる言葉に、しばらく無言で歩む時間が続いた。


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