第五話 お侍さん、冒険者の話に驚く(2)


    ◆ ◆ ◆


 久方ぶりの難敵に舞い上がり、思わず助けてしまったが……森でった連中は、異人によく似た特徴を持っていた。

「立てるか?」

「今はちょっと無理そうだけど、少し休めばなんとか……。それより助かったよ。君は命の恩人だ」

「………………。いや、構わん。こちらとしても面白い相手と戦えて満足だ」

 物怪もののけに殴られた大男に声を掛けると、で言葉が返ってきた。その口調はよどみなく、とてもいっちょういっせきで身につけたような練度ではない。そもそも、木陰で観察していた時から妙だと思っていたのだ。顔立ち、体格、装束、武具。連中はどこをどう見ても日本人には見えないが、こちらの存在に気が付く前から当然のように日本語やまとことばを話していた。

 ……りゅうちょうな日本語を操る武装した異人の一派か。どう考えても怪しいな。

 まず最初に頭に浮かんだのは〝異国のかんじゃ〟。この森に迷い込む前に歩いていた峠道は、海から遠く離れた山中だ。港の近くならまだしも、こんな所に南蛮船の関係者が彷徨うろついているはずがない。

 ……数百年前のように、また戦でも仕掛けるつもりか?

 黒須は不審感を悟られぬよう、おおざっな自己紹介をしながら彼らの容姿を観察する。事と次第によってはこうに進言すべき案件かもしれず、にんそうをできるだけ覚えておこうと考えたのだ。

 フランツはにびいろの胴鎧を着た大柄なじょうかぶとはしておらず、短く刈った明るい金髪にへきがん、人の良さそうな面構え。片手剣を腰にり、左の前腕には巨人に殴られてひしゃげた小盾をつけている。指示を飛ばしていたことから察するに、この男が一派の頭目なのだろう。

 バルトは大鎧にぎゅうかくわきだてが付いた兜を被った背の低い老人。としの割にはかっぷくが良く、やたらと手脚が太い。へそまで伸ばした白髭を三つ編みにして揺らし、自分の背丈と変わらないほどの大盾を背負っている。濃紺の瞳には年齢を重ねた者が持つ独特の思慮深さがあり、四人の中では唯一こちらを警戒するような仕草を見せた。

 パメラはふかくさいろのゆったりとした羽織りを着て、じょうとうこうぎょくらしき宝石がめ込まれた長いつえを持っている。武器として使うにはいささか装飾過多に思えるため、戦闘要員ではないのかもしれない。肩まで伸ばした紅髪にりょくがん、意思の弱そうな顔をしている娘だ。

 マウリは弓を持った小さな童子。まだ幼く、恐らくはげんぷくも済んでいないだろう。使い古したボロボロの革鎧を着て、腰のおびかわに小刀や物入れなどをいくつも取り付けている。癖のある茶髪に茶色の瞳、わっぱにしては少々眼つきが悪い。

 しかし……。ようやくまともな人間に出逢えたかと思えば、よりによって異人とは。

 黒須は己の天運のなさを内心で呪い、いつでも刀を抜けるよう柄に手をかけたまま異邦人との会話に意識を戻した。


 彼らの口から飛び出したのは、信じ難い話の数々だった。ここは魔の森と呼ばれる大森林の中であり、ファラス王国なる国の最西端に位置していること。先ほどの巨人は魔物と呼ばれる存在であり、獣と違って人を恐れず、人にあだなす生き物の総称であること。魔物は別段珍しい存在ではなく、多種多様な種類がそこら中をかっしていること。そして、彼らはそんな魔物を狩ることをなりわいとしている、冒険者という職にいていること────────

 まさにこうとうけい。とても素直に受け入れられるような話ではない。しかし、そんな夢物語を語る彼らからは人をあざむこうとするような悪意は見て取れず、むしろ命を助けられたことを恩義に思い、できるだけ丁寧に説明しようという誠意すら感じるほどだった。

 世間知らずの武士をだまそうとする詐欺師は存外に多く、黒須はその手の害意に敏感な方だ。これまで勘を信じて外したことは一度もない。うそ偽りを述べているようには思えないが、仮に真実だったとしても、疑念は雲の如く湧き起こる。

「…………………………」

 教わった内容をじっくりとそしゃくし、ありとあらゆる可能性を考え────ある、突拍子もない可能性に思い至る。脳裏によみがえったのは、港町で逢った漁師の言葉だ。『海を渡った遥か遠くには、日本とは全く異なる文化風習を持った人々が暮らす、別世界のような国がある』あの漁師はたしか、そんなことを言っていた。百歩、いや、千歩譲ってこいつらの言葉を信じるならば────俺は、異国に来てしまったのではないか?

 当然、海を渡った覚えなどない。しかし、彼らの語る内容はあまりにも自分の常識とかけ離れている。離れすぎている。突飛な考えだと自分でも思うが、すぐそこを見れば実際に化け物としか言いようのない巨人の遺体が転がっているのだ。あんな存在モノがそこら中にいるだと? 少し風習の違う町に迷い込んでしまったなどという生易しい差ではない。

 いや、しかし、まさか……

 …………………………

 ………………

 ……ッ!

 ぐるぐると思考の海に沈んでいたが、ふと、己が無様にもろうばいしていることに気が付いた。

 ────よし、考えるのはやめだ。

 何度か強くまたたくことで心のを切り替える。考えても分からない時はまず前進する、武士の鉄則。いかに難解な状況であったとしても、慌てふためくなど許されようはずもない。奴らの言葉が嘘かまことか。ここが異国なのかいなか。どちらも実際に人里へ行ってみれば分かることだ。

 決意を新たに町への道案内を頼むと、フランツはあっさりとかいだくしてくれた。


 町へ向かう道すがら、黒須は冒険者たちの観察を続けていた。ここまでの会話で彼らはとても友好的だと感じていたが、完全に信用するつもりはない。今までも数え切れないほど不意討ち、騙し討ちを受けてきた。油断した瞬間を狙っていることも十分に考えられる。

 とはいえ、体格の良いフランツ以外はとても戦うことを生業とする武人には見えない。特に、マウリはどう見てもまだ十をいくつか超えたくらいだ。そんな幼子おさなごに重い荷物を背負わせ、自分だけ手ぶらというのは流石さすがに忍びなく、思わず手助けをしてしまった。

 とりあえず、警戒すべきはフランツだな…………

 巨人との戦闘である程度実力は見えていたが、黒須には異人と戦った経験がないのだ。

 異国の冒険者、どんなひょうほうを身につけているか分かったものではない。

「これから向かう町はどんな所だ?」

 少し試してやろうと考え、声を掛けつつフランツの左隣へ並んでみる。

「辺境都市アンギラって街だよ。魔の森が近くて、領内に迷宮ダンジョンもあるからね。〝冒険者の楽園〟って呼ばれてる大きな街さ」

 ──────無反応。武芸者なら本能的に警戒してしまう位置に踏み込んだのだが。

 刀の届く間合いで左側に立たれると、相手の腰にある刀が死角になる。つまり、不意を突かれて居合の抜き打ちを食らう恐れのある危険な位置だ。実際にその気があれば、今、この瞬間にもフランツの首を落とすことができる。まばたき一つの時間もかからない。

武士もののふの みちゆき連れのある時は いつも人をば右に見てけ〟

 武士同士であれば、並んで歩く時に相手の右側には絶対に立たない。そもそも、間合いに入ること自体が無作法とされているのだ。今のように無遠慮に踏み込めば、その瞬間に敵意ありとされ、抜刀されても文句は言えない。この位置に立たれて無反応ということは、こちらの攻撃を全く警戒していないか、もしくは、先に抜かれても迎撃する自信があるかのどちらかだ。

 ちらりとフランツに視線を戻すと、返事をしなかったことを疑問に思ったのか、困ったような顔で口をパクパクと開けたり閉じたりしている。やまぶきおうごん、生家の庭にいたにしきごいによく似たつらだ。

 …………この様子では、前者だろうな。

 その後もわざとさやを当ててみたり、これ見よがしにそでぐさりを取り出してみたりと、あの手この手で仕掛けてみたが、逆にこちらが心配になるほど隙だらけだった。

 いくら命を救われたといえ、帯刀した相手に対して無防備が過ぎる…………

 冒険者とは魔物との戦いが日常だと言っていたが、これでよくここまで生きていられたものだ。

 ねんために他の者にも試してみたが、結果はフランツと大差なかった。こちらを怪しんでいたバルトでさえ、真横でこいくちを切られたにもかかわらず『その剣を見せてくれ! 金なら払うぞ!』と大騒ぎだ。途中からやっていてらしくなってしまい、黒須は彼らへの警戒を大幅に緩めたのだった。

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