第五話 お侍さん、冒険者の話に驚く(1)

 ────此奴こいつ、ここで斬り捨てておくべきか?

 とりとめのない雑談をぼんやりと聞き流しながら、くろは頭を悩ませていた。

 命を救われたなどとおおなことを口にしているが、どいつもこいつも武器を手放して隙だらけだ。唯一まともに戦えそうな大男はかくらんでも起こしたのか、のんに座り込んでいる。

 先ほどの戦いの様子や使い込まれた武具の具合から察するに、ずぶの素人ではない。しかし、初対面の武芸者の前でこれだけの不用心をさらすとなると、殺し合いを常とする種類の人間でないことは容易に想像がつく。ましてや、つかに手を掛けた武士の間合いに丸腰で踏み込むとは、殺してくれと言っているに等しい暴挙だ。

 女童子こどもを斬るのは心苦しいが、今なら一息で四人ともれる────────


    ◆ ◆ ◆


 何年か前、気まぐれで立ち寄った港町で新鮮な海の幸にしたつづみを打ち、はくらいひんを並べている露店を冷やかして歩いていた時だ。

 港の辺りが急に騒がしくなり、何事かとうま根性に駆られて見物へ向かうと、停泊した船から珍妙なめんぼうの男たちが降りてくるところだった。れつしょうぞくに身を包み、てんの如く大きく突き出した鼻に深くくぼんだ両眼、異様に毛深いボサボサの髪やひげあかいぬのような色をしている。物珍しさから無遠慮に向けられている好奇のまなしを気にすることもなく積荷を運び、訳の分からない言葉を口にしていた。

「お武家さん、異人が珍しいのかい?」

 不思議に思っていたのが顔に出ていたのか、煙管きせるくわえた漁師衆の一人が声を掛けてきた。

「ああ。話には聞いたことがあるが、実際見るのは初めてだ。あれがとうじんとかいう連中か?」

「そいつぁ古い呼び方だ。お侍ならもうや大陸は知ってんだろ? 唐人ってのぁ俺らと見た目は変わんねぇ、海を挟んですぐ向かいに住んでるやつらのことさ」

「鎌倉の時代に攻めてきたという異人か。なら奴らは?」

「ありゃあ阿蘭陀おらんだって国から何か月も掛けて船に乗ってきた連中よ。アイツらみてぇな妙ちくりんを、今どきはなんばんじんとかこうもうじんって呼ぶんだぜ」

 どこか得意気に語る男は気を良くしたのか、こちらに煙管を勧めてきた。

 えんはいを腐らせるため丁重に断り、さらに問う。

「異人に種類があるのか? 皆同じ所から来ているとばかり思っていたが」

「俺の友達ダチつうをやってるお役人がいてよ、そいつが言うにははるか遠くの海の向こうにゃ、数え切れねぇほどたくさんの国があんだとさ。それぞれの国にゃ俺らとは文化も風習も丸きし違う連中が暮らしてて、日本ひのもととはまるで別世界ってぇ話だ」

 いやに薄汚れていると思ったが、なるほど、永い船旅を終えたばかりならばうなずける。

「遥か遠くの国か……。道理で随分と草臥くたびれて見える。にしてもじん、やけに詳しいな」

 黒須が素直に感心すると、男は照れ臭そうに無精髭の生えたほおをポリポリといた。

「いやぁ、実はその友達に誘われてな。船の中に南蛮の宣教師ぼうずがいてよ、そいつの語るれんおもしれぇんだ。よかったら、お武家さんも一緒にどうだい?」

れんの神が切った張ったにかんだいならな。きりたんの門徒はさつが信条で破れば地獄行きと聞く。いくさばに出ない大名連中には流行はやりらしいが、武者修行中の武士に似合うと思うか?」

「ははっ!! そいつぁちげぇねえ! 今朝方もおおとりものがあってよ、やりで名高いおんしょういんの僧兵を斬った〝黒鬼〟って侍が、番士を殴ってせきしょやぶりだとよ。二本差しを見りゃ手当たり次第に襲う危ねえ野郎らしいから、お武家さんも気ぃつけなよ」

「…………ああ、礼を言う」

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