第四話 冒険者さん、お侍に助けられる(3)


    ◆ ◆ ◆


「立てるか?」

 戦闘中とは打って変わって、男は穏やかな雰囲気で声を掛けてくれた。

 すぐに返事を返そうとしたが、頭をぶつけた影響か、く舌が回らない。しばらく何も言えずにモゴモゴと口を動かして、ようやく口を利くに至った。

「今はちょっと無理そうだけど、少し休めばなんとか……。それより助かったよ。君は命の恩人だ」

「………………。いや、構わん。こちらとしても面白い相手と戦えて満足だ」

 なんだろう、今の間は。いぶかしげな表情をされてしまったが、特に気に触るようなことを言ったつもりはない。不思議に思っていると、硬直から解けた仲間たちが急ぎ足で集まってきた。バルトも相当くたびれており、背丈の近いマウリが肩を貸してやっている。

「助かったぞ、お若いの。もう駄目かと思ったわい」

「本当にありがとうございました! なんとお礼を言えばいいか…………」

「すげぇなアンタ! 巨人を一発だぜ!」

 バルトとパメラが丁寧に頭を下げているのに対して、人懐っこいマウリは男の背中をバシバシと叩きながら話し掛けている。あの戦闘を見たあとでよくそんな気安い態度を取れるなと、フランツは内心、戦々恐々とした気分だった。

 全員がそろったところで改めて感謝の気持ちを伝え、簡単に自己紹介をする。

 男はクロスと名乗った。ありふれた名のように思えるが、彼の場合はこれが名字ファミリーネームに当たるのだそうだ。ファラス王国において名字を持つことは王家と貴族だけに許された特権のため、一般人にはあまりみがない。周辺国の中には身分に関係なく名字を名乗る地域も存在するので驚きはしなかったが、この近辺では見かけない顔立ちということもあり、彼は外国から来た旅人なのだろうとフランツは当たりをつけた。名前も教えてくれたのだが、こちらは逆に難解極まる複雑な名で、誰も正確に発音することができず、何度も口に出して合っているかと尋ねる仲間たちに、彼は胡乱うろんな目でクロスと呼んでくれて構わないと言ってくれた。

「クロスさんが出てきてくれて助かりましたけど、急に現れたからビックリしました。いつから見てたんですか?」

「ふらんつが殴られる少し前からだな」

「俺は割と耳が利く方だけどよ、クロスの気配には全然気付かなかったぜ」

「儂は攻撃を防ぐのに必死でそれどころじゃなかったわい…………」

 そんなやり取りをしている内に、ようやく足の感覚が戻ってきた。フランツはヨロヨロと立ち上がって調子を確かめるように何度か足踏みをすると、仲間たちの談笑を横目に巨人の死骸に歩み寄る。当初の目的だった森狼は見つかっていないが、とても探索を続けられるような状況ではない。激しい戦闘で前衛二人がまんしんそうな上、剣は刃こぼれ、盾と鎧もボロボロだ。今から引き返しても乗合馬車の最終便に間に合うかは微妙だが、せめて日が暮れるまでに森を抜けた先の草原へ辿り着きたい。

 一刻も早く撤収するため、早速ナイフを取り出して巨人の指の切断に取り掛かる。馬鹿に硬い皮に四苦八苦していると、いつの間にかクロスが背後に立っていた。

「ふらんつ。貴様、何をしている?」

 声に怒気がこもっていることを感じ取り、自分の失態に思い至る。

 気を利かせて雑務をこなしたつもりだったが、獲物を横取りしたと誤解されたか。

「す、すまない。戦闘ではほとんど役に立てなかったから、素材の回収だけでも手伝おうと思ったんだ。もちろん、討伐報酬はクロスのぜんりで構わないよ」

 他意はなかったと釈明するが、彼は依然としてに落ちないという表情のままだ。

 剣のつかにかけられた右手が地味に怖い。

「何の話をしている? 俺は何故なぜお前が遺体ほとけの指をちぎろうとしているのかといているのだ。〝討伐報酬〟とはどういう意味だ」

「………? あぁ、そうか! クロスは冒険者じゃないのか!」

 巨人との戦いで度肝を抜かれて忘れていたが、たしかに彼は冒険者を知らないと言っていた。討伐報酬という冒険者用語が伝わらないのも当然だ。

 フランツは乗合馬車を諦め、腰を据えて話をすることに決めた。


 クロスはやはり他国の人間だった。〝ニホン〟という国を一人で旅していたところ、気が付くとこの森の中にたたずんでいたそうだ。広大な魔の森はいくつかの国にまたがっているが、そんな国の名前に聞き覚えはない。つまり、よほど遠くの国から迷い込んだことになる。当の本人もファラス王国の名を知らなかったらしく、ここが王国最西端の辺境だと教えるとひどく驚いた様子だった。なんというか……豪快な迷子だ。

「街道の一つも見当たらなくてな、人里を探し歩いていた。悪いが、近場の町まで道案内を頼めるか?」

「もちろんだよ。俺たちも街に戻るところだから、一緒に行こう」

「フランツとバルトがこんな状態ですし、こっちがお願いしたいくらいです!」

「助けてもらった礼としちゃあ、ちと足りんかもしれんがの」

 彼の故郷について話を聞いていると、さらに衝撃的な事実が発覚した。なんと、ニホンには魔物が存在しなかったと言うのだ。これには全員が思わず腰を浮かせるほどきょうがくした。魔物とは人類にとってたいてんの天敵。世界中のどんな場所であっても、その脅威は変わらないと思っていた。

「そんな国があったなんて…………」

「魔物のいない国か。想像したこともなかったが、まるで楽園じゃな」

「そんな国に暮らしてたなら、冒険者を知らないのも当然ですね…………」

「待てよ。じゃあアンタ、巨人の正体も知らずに戦ってたのか?」

「あれも〝魔物〟なのか。お前が化け物と言うから、もののけの一種だとばかり思っていた」

 彼の国では遺体をもてあそぶことは禁忌とされており、それは敵対した相手であっても例外ではないらしい。巨人が人間ではないと理解はしていたようだが、フランツが面白半分で傷付けていると思い不快に感じたそうだ。冒険者ギルドから報酬を受け取るために魔物の一部を提出する必要があることを説明すると、『首級しるしみみぎと同じことか』と、よく分からないがすんなり納得してくれた。

「討伐証明は魔物によって提出する部位が違うんだ。巨人は右手の親指、小鬼や森狼は右耳という風にね」

「では討伐報酬とは、その魔物を倒したことに対するほうか」

「褒美とは違うな。俺たちゃ別に冒険者ギルドにつかえてるワケじゃねえし。……どう説明すりゃいいんだ?」

「例えばですけど、村で畑が魔物に荒らされて困った時に、自分たちでは退治できない村人が依頼金を払って討伐依頼を出すんですよ。私たち冒険者は、その依頼を受けて魔物を狩ることで報酬を受け取ります。だから、ご褒美というよりは対価に近いですね。……まぁ、元の依頼金から仲介手数料としてギルドが何割か持っていくんですけど」

 クロスは頭の中を整理するように口を真一文字にして、数秒、考え込むような仕草を見せた。

「なるほど、たしかにほうこうにんとはおもむきが違うな。依頼を受けて戦い、その対価としてちぎょうを受け取るのか。しのびなりわいに近い」

「シノビ…………?」

 聞き慣れない単語の登場に、フランツたちは目を見合わせる。

「多分イマイチ伝わってねぇな、こりゃ。えーっと、じゃあようへいなら分かるか?」

「金で雇われて戦に参陣する……あくとうどものことだったか」

「悪党とは限らんが、仕組みとしちゃあ傭兵と同じじゃな。違うのは、基本的に傭兵は人と、冒険者は魔物と戦うっちゅうところじゃ。それに、儂らは戦闘以外の依頼も受けるぞ。植物や鉱物の採取依頼から、人探し、手紙の配達、下水道の掃除や老婦人の荷物持ちまで。傭兵どもは冒険者を〝便利屋〟などと呼びおるが、戦争屋と違って退屈せんわい」

 三つ編みにされた立派な白髭を揺らし、バルトがガハハと豪快に笑う。

「詰まるところは万事よろずか……。なかなか大変そうな職だ。ではお前たちは今回、巨人を狩るために森にいたのか?」

「俺たちはフォレストウルフの討伐依頼を受けてきたんだ。巨人と遭遇したのはただの不運だよ」

「依頼ではなかったのか。それでは巨人との戦いは骨折り損だな」

「いや、実はそうでもねえんだ。依頼を受けてなくても、危険な魔物を討伐するとギルドから特別報酬が出ることがある。巨人は間違いなく〝危険な魔物〟だ。そこそこの金になると思うぜ。それに、コイツの皮と魔石は高値で売れるって聞いたことがあるんだが…………」

 マウリは複雑そうな顔で息絶えた巨人のしかばねに目を向ける。その視線は先ほどまでフランツが切断しようと躍起やっきになっていた右手の親指に向けられているが、解体用のナイフをのこぎりのように使ってもなお、半ばまでしか切れていない。

「剣もナイフも通らない怪物の皮を、どうやってぐんだって話ですよねぇ…………。もったいないですけど、素材の回収は諦めるしかありませんね」

 ミスリルのナイフでもあれば話は別なのだろうが、万年貧乏パーティーの自分たちがそんなしろものを持っているはずもない。皆が残念そうにしていると、クロスは無言のままおもむろに立ち上がり、ふところから美しい装いのナイフを取り出した。つややかな黒地に金の装飾をあしらった、高級感のある外装だ。つかつかと死骸に歩み寄り、腕に向かって軽く一振り。

「────えっ!?」

「マジかよ!」

「こりゃあ凄い…………」

 近づいてみると、巨人の腕の皮はすっぱりとれいに切断されていた。

「この短刀であれば皮も剥げそうだが……。俺は上手くやる自信がない。どうだろう、もし代わりに剥いでくれるのなら、町までの案内料として売った金はせっぱんで構わんのだが」

「「「「お願いします!!」」」」

 フランツたちは満面の笑みでその提案を承諾した。

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