タイトル未定

@TheYellowCrayon

第1話 解放

何者でもない人生だった。


人に気を遣い続け

時間と欲を失った。


それでも立派な人生だと誉め讃えられた。皆が拍手をもって見送ってくれた。


数ヶ月後に再び職場に出向いた時は、長い付き合いの後輩だけが笑顔を見せてくれた。私が何を話しても同じ笑顔は崩れない。そういうものだった。


それ以降、私が顔を出すことはなくなった。長年勤めたんだから、退職した今でもまた仲間を頼ればいい。頼るくらいいい。そう思っていた自分が惨めに思えた。


彼らと久々に会って、全てを悟った。それはつまらない1人の老人の些細な甘えなのだと。やり場のない孤独くらい、自分で何とかしろ。心の中で、あの笑顔が言い放つ。


何をするにも物憂げだった。こんなことになるなら、優しさなんてとうの昔に捨てておくべきだった。人に寄り添う気持ちも、結果を伴わなければ存在しないに等しい。誰も感知しないのだから。


私は自信を持って言える。優しい人間だったと。つまらない出来損ないの、ただ素朴な優しさだけが取り柄の男だったと。


さあ、後は死ぬだけだ。完全に自由な時間、無欲で鬱屈した精神と未だ健康な身体が一つ、ブラインド越しに差し込む夕陽を眺めている。


子供の頃を思い出してみた。ジャングルジムのてっぺんまで登り切ると、私は一層広くなった空を呆然と見上げていた。一緒に登った友人は公園ではしゃぐ連中を見下ろしていたと思う。夕陽と言えば恒星のひとつ。この目を焼くような眩しさが絶え間ない爆発によってもたらされていることを百科事典で知った。まっ昼間の太陽なんてどんなに激しい爆発を繰り返しているのだろう。そんなことに想像を膨らませていた気がする。


そうか、そうだったな。なら今から宇宙へ行ってみようか。この大地も実は地球という天体で、あの夕陽と同じような丸いシルエットをしている。それが無限の暗闇に忽然と浮かんでいるのだ。


私は闇に浮かんでいる。そんな事実を実感できれば素敵ではないか。スペースXに乗り込めば、そんな体験ができるだろうか。いや、いっそのこと遠い遠い銀河の果てまで飛ばされてそのまま消えてしまいたい。運が良ければ、写真でも見たことがないような惑星の近くを通りかかるかも知れない。


この世にはダイヤモンドだけで構成された巨大な惑星もあるという。若い頃、天文系のグラフィック雑誌で想像図を見たことがあった。ターコイズのような色合いの星だった。そこは余りにも重力が強いせいで、星を構成する炭素が押し固められてダイヤモンドになってしまったらしい。


素敵な星だ。絶対に取りに行けない宝石の山。そう考えればワクワクしてくる。そして今、新たな想像が芽生えた。偶然通りかかったダイヤの星。透明なカプセルに乗り込んでいる私は、星が持つ途方もない重力に引っ張られてまっすぐ星の表面へと突き進む。そしてそのままダイヤの地面に頭から激突して血潮を撒き散らす。


素敵な最期じゃないか!今なら本気でそう思える。どこかの清潔な病室で、真っ白の蛍光灯を見上げながらくたばるよりは余程マシに思えた。


今から何ができると言うんだ。私に何ができる。どうしてこうなってしまったんだ。私がいつも空ばかり見上げていたからいけなかったのか。今も変わらない夕陽を毎日浴びている。しかし時間は確実に進んでゆくのだ。私は今まで、それに耐えることしか、、、クソ。


自己嫌悪が深まる。夕日から背を向けて、付いていないテレビの方に体を向けると、暖かい夕陽が首から背中までを包んでくれた。それで少し心を縛る紐が緩くなった。太陽はいつでも、ただ存在している。


そして私も、ただ生きている。

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