第11話 児童相談所

 相談所に出かけて、事情を説明した。父親と思われる男が、自殺したこと。自殺したということに、やや引っかかったようだが、結局、子どもを引き取ることには、何ら関係がないということがわかって、それ以上の話しはなかった。

 問題は、私に引き取る意志があるかどうか、それだけの経済力があるのかどうかというところを相談所が、どう判断するかどうか。

 父親の分からない子どもを引き取る、未婚のシングルマザーというのが、私の現在の立場だ。


 児童相談所の担当は里親宅を訪問し、里親に実の親から引き取りたいとの意向があることを伝えた。

「先日、お電話しましたように、そちらで預かっていただいている○○君のことですが、生みの親の○○さんから、出来れば自分で育てたいと申し出がありました。今日はお考えをお聞きしたいとうかがいました」

       

「里子として預かって三年、最初は本当に小さくて少し心配でしたが、大きな病気もせず、すくすくと育ってくれました。だが、その親から、自分で育てたいからと児童相談所に連絡があったそうですね。児童相談所から電話を受けたときは、なんて身勝手な親だと思いました。そうでしょう。育てて三年、実の親のように慕ってくれて可愛くてたまりません。それが、一度は捨てたが、また育てたいからと、連絡一つだけで、この子を引き取りたいなんて、虫のいい話です。ですが、この子は、実の子ではありません。本当の親が出てくれば、渡さなくてはならないのでしょうか。一度捨てた親が、捨てたのは誤りだったと思い、育てたいという気持ちは……、人間ですから過ちはしますね。理解できますが、大事なのは、この子です。この子が幸せに暮らしていけるかどうかが、判断材料になります。確かに、親権は、実の親にありますが、その方に本当に任せて良いかは、児童相談所が、親御さんと話し合って決めることです。実の親に引き取られて、また育児放棄のような状態におかれたのでは、なんのために子どもを親の元に返したのか分からなくなります。ここにあの子の書いた手紙があります。この手紙を渡していただきたいと思います」

 

 児童相談所において、現在、里親に委託している児童について、里親委託措置を解除するかどうか、措置会議が開かれた。現れた実の親が、自分の子どもを育てる意志があるのか、生活費は不足していないのか、親に病気など心配な点はないのか、里親の気持ちは、どうなのかと様々な点からの検討がなされた。最終的な結論は、実の親が、育てるのに支障はないということだった。


措置解除が決定された。それを里親宅に連絡すると、里親は。里親宅では、祖母を始めとして里親夫婦、兄妹が待ち構えていた。


やりとり


「それでは、甚だ心苦しいのですが、里子である○○君を引き取らせていただきます」

「□□夫ー、□□夫ー」

と祖母が、絶対に引き渡すまいとして、子どもを抱いている。子どもも、祖母にしがみついている。その祖母に向かって、

「分かってください。我々も仕事なんです」

「帰れ、帰れ、この孫は、誰にも渡さねー」

相談所の職員は、互いに顔を見合わせた。この祖母の気持ちは、痛いほどわかるが、仕事は仕事だ。

「あの、こどもを力ずくで連れて行くわけには、行きませんので、ここでしばらく落ち着くまで待たせてください」

祖母は、拒否していれば、職員が帰るだろうと思っていたのか、思いもよらぬ展開に戸惑っていた。

「あの、子どもは連れて行かないんですか」

「いや、連れて行きます」

祖母は、がっかりしたようであった。

 二時間が経過した。里親もこれ以上、引き渡さないことはできないと判断したようだった。

「ばあちゃん、可哀想だけど、この子を渡してくれ。この子が幸せになれれば、それが一番いいんだから」

祖母は、泣き崩れた。そこにいた職員以外の者は、全て泣いた。心を鬼にしてという表現とおり、


話し合い

「この間は、悪かった。謝るよ」

「今更、謝られても、あの子はあなたの子じゃないのよ」

「それで、相談なんだが、があの子を引き取りたいと言っているのに、父親が誰か分からないでは困るだろう。だから、俺が父親になるよ。どうせ、つい、この間まで自分の子だと思っていたんだから」

「なんか、本気にしていいのかな。少し、心配ね」

「疑われるのは、もっともだが、ここらで身を固めてもいいのかなと思ってね」

「本当にしていいのね。嬉しいわ」



    とが揃って児童相談所に入ってゆく。

「私、この人と結婚しました」

「え、さん、それでいいんですか」

「いいもなにも、こういうことになりました」

「今日は、子どもに会えるんですよね」

「ええ、そうですが」

「どんな子どもだろう。里親は、どんな人だったんだろう。里親からは、ずいぶんとひどいことを言われるかもしれない。それは仕方がない。実の親子のようになっているのに、そこに私が本当の親ですからと割り込むわけだから、波風が立たないわけがない。子どもとの対面はうまくいくのだろうか」

子どもが入って来る。

「さあ、○○君です」

「自分の子どもに、どう話しをしていいのか分からない。産まれて直ぐから育てていれば、こんな気持ちにはならないだろうが」

子どもに挨拶をする

「私、あなたのお母さんよ。本当は、こんな形では会いたくはなかったけれど、お母さんにも事情がありました。一緒に暮らすのは、未だ先のことだけど、週に一度、あなたと暮らしていこうと思います。お母さんを許して下さいね。あなたも、とまどうことばかりだとおもうけど、何かあれば言ってください。」

子ども「お母さん、僕の手紙、読んでくれましたよね。その返事を聞かせてください」

とは、互いに顔を見合わせる。

    

「○○君、今、ちゃんとした返事ができなくてごめんね。おじちゃんも必死になって考えているので、もう少し待って」



「まさかとは思うんだが、あの日の午前中、実は、別なところでしたんだ」

「あんた、獣ね。でも、それでどうなるの」

「あの時、女の中に、残っていて、それがくっついたらどうなるかな」

「え~。も~いやだ~」


ちょうど、父から別件で実家に帰ってくるように言われていた。「連れて帰れないし、私には育てられないし……」。悩んでいる時、テレビなどで話題となっていた「赤ちゃんポスト」をふと思い出した。


 父には「熊本の友だちと遊んでから帰る」とごまかして、新幹線に乗った。熊本駅で初めて赤ちゃんの写真を撮った。タクシーに乗ると運転手が言った。「かわいいですね」。別れを前に、悲しみがこみ上げた。が、預けるしか選択肢はなかった。


 預けた後、打ち明けた父は責めなかった。「生まれたものは仕方がない。幸せになるためにがんばりなさい」と言ってくれた。


 男の子は児童相談所に保護され、乳児院に入った。いまは、母親の地元の児童養護施設で生活している。母親は働きながら、月に1、2回ほど会いに行く。小学校に上がるまでには引き取るつもりだ。今から「ランドセルは何色にしようか」と考える。不安もあるけど、楽しみだ。


 一時は思い詰めて、2人で死ぬことも頭に浮かんだ。「(息子の存在が)なかったことにならなかったから、いま幸せ」。預けたのは間違いではなかった。母親はそう思っている。いずれ、息子にはすべてを隠さず伝えるつもりだ。

































































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