最終話 野望の終わり、覇道の始まり
二度目の王位継承戦の勝利。
王太子ヴァイスの死、王妃ヴァイオレットの死。妻と息子を同時に亡くしたことにより、父王グラオスはすっかり気が抜けて廃人のようになってしまった。
まともに国政を行えなくなった国王……彼の代わりに玉座に座ることができる資格を有した人間は、たった一人しかいない。
双子の弟を殺し、魔力を取り戻したかつての『魔力無しの失格王子』……即ち、シュバルツである。
「今より、私は父より王冠を引き継いでこの国の王になる!」
決闘から一ヵ月後、準備を済ませたシュバルツは大勢の臣民を城の前にある広場に集めて宣言した。
これから始まるのは戴冠式である。シュバルツは廃人となった父王グラオスから王位を引き継ぎ、新たな国王になろうとしている。
「王になるにあたって、私はこの名を『ヴァイス・シュバルツ・ウッドロウ』と改名する! 双子の兄弟の名を引き継いで、魂を共にしてこの国を守らん!」
そう言い放って高々と右手を掲げるシュバルツであったが……彼は表向き、ヴァイス・ウッドロウということになっている。
シュバルツがヴァイスに成りすましていたことも、決闘をして勝利をしたことも、もちろん後宮にいる四人の上級妃を手籠めにしたことも……宰相や騎士団長といったごく一部の人間しか知らないことである。
公表したところで、人々を困惑させるだけだ。
シュバルツはすでに魔力を取り戻しており、彼がヴァイスであろうとシュバルツであろうと、もはやそれを気にする人間は誰もいなかった。
「ヴァイス・シュバルツ陛下、万歳!」
「偉大なる国王の即位に祝福を!」
「バンザイ、バンザーイ!」
「ウッドロウ王国、バンザーイ!」
シュバルツの宣言を受けて、集まった民衆から祝福と称賛の声が上がる。
実のところ……率先して声を上げたのは、人混みに紛れ込んでいる『夜啼鳥』のメンバーだった。
人間という生き物は多くの場合、周りの空気に流されて行動するものである。
周囲の人間が騒いでいれば同調する。喜んでいるように見えれば、同じように嬉しい気持ちになってしまう。
『夜啼鳥』のサクラが口にした新たな国王を称える声は、すぐに人々に伝播していき、やがて広場一帯を包み込んでいく。
「私は国王となるにあたり、ここにいる四人を王妃とする」
騒ぎが鎮まってきたのを見計らって、シュバルツが言葉を続ける。
左右二人ずつ、四人の美姫が進み出てきて、民衆の前に姿を現した。
「みんな、ウチの旦那はんをよろしくなー!」
気安く手を振ったのは、青みがかった髪を編み込んだメガネの美女。
北方の商業国家、北海イルダナ連合国から嫁いできた豪商……水晶妃クレスタ・ローゼンハイドである。
「皆、これから共に国を護ってゆこう!」
猛々しく剣を掲げたのは、赤い髪をポニーテールにしている美女。
東方の軍事国家、錬王朝から嫁いできた女剣鬼……紅玉妃シンラ・レンである。
「…………」
無言のまま、笑顔で手を振っているのは緑色の長い髪を流した褐色肌の美少女。
南方の多民族国家、亜人連合国から嫁いできた竜姫……翡翠妃ヤシュ・ドラグーンである。
「皆様、これからも我が国を支えてください」
輝くような笑顔を振りまいているのは、長い金髪を靡かせた美女。
西方の宗教国家、神聖イヴリーズ帝国から嫁いできた聖女……アンバー・イヴリーズである。
現れた四人の美姫が精悍な王子の横に並ぶ。
美男美女、あまりにも輝かしい男女の姿に、民衆の間から性別を問わず溜息が漏れる。
「四人は東西南北の友好国から嫁いできてくれた姫達だ。私は正妃・側妃といった優劣をつけることなく、同志としてこの国を治めていこうと思う。皆もウッドロウ王国を守るため、どうか私達に力を貸して欲しい」
「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」」」
サクラが真っ先に叫んで、釣られたように他の人々からも歓声が上がる。
これが民意。人々の声だ。
かつては魔力無しの失格王子と呼ばれたシュバルツのことを、今は民衆が新たな王として受け入れている。
(とはいえ……これから、苦労することになるんだろうな)
歓声を上げている民衆に手を振りながら、シュバルツがどこか冷めたように思う。
(俺の正体に気がついたら、貴族共は容赦なく牙を剥いてくるだろう。南の亜人連合はヤシュを利用して俺のことを殺そうとしていたし、東や西の情勢だって読めやしない。きっと、これからも多くの戦いが俺を待っている……!)
だが……それでも、決して自分は敗北することはないだろう。
(俺には勝利の女神が四人……いやいや、五人も付いているんだからな! どうやったって負けようがない!)
民衆の中に『夜啼鳥』のクロハの姿を見つけて、シュバルツは心中で慌てたように訂正する。
どこかムッとした顔の黒髪美女の顔は、まるでシュバルツの内心を見透かしたようだった。
(俺の覇道はまだまだ始まったばかりだ……俺が覇王になるところを、指を咥えて見ているんだな!)
亡き弟、母親の顔を空に浮かべて、シュバルツは心の中で中指を立てる。
皮肉なほどに澄んだ青空に映った二人の顔は笑っているようで、どこか憎たらしく見えたのであった。
終わり
失格王子の後宮征服記 魔力無しの王子は後宮の妃を味方にして玉座を奪う レオナールD @dontokoifuta0605
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