第116話 アンバーという女

「アッ……ンンッ……アハアッ……」


 シュバルツの手がアンバーの肌をなぞり、愛撫していく。

 豊満なバストを力強く掴みながら、対照的に繊細な手つきで股の間を責める。

 幾人もの女を泣かせてきた絶妙な力加減。

 それは宗教国家で生まれ育った貞淑な乙女にも有効だったらしく、シュバルツの指が動くたびにアンバーが切なそうに喘ぐ。


「シュバルツ殿下……ああ、殿下あ……」


(ああ……ようやく、私の悲願が成就される)


 甘く蕩けた声を漏らしながら、アンバーはこれまでの苦難について思い返す。


 アンバーには特別な力があった。

 生まれ持った力ではない。祖国である神聖イヴリーズ帝国にいた頃に、後天的に獲得した能力だ。

 その能力は……『未来予知』。

 アンバーは未来を読むという奇跡の力を持っていたのだ。


(幾度も未来を読んで……禁忌を侵して、ようやく私は望んだ未来にたどり着いた)


 神聖イヴリーズ帝国は『天使教』という宗教の総本山であり、世界最大の宗教国家である。

 そして……天使教には七大禁忌と呼ばれる、絶対に侵してはいけない禁止事項があった。

 もしも禁忌を侵せば、神聖イヴリーズ帝国は全力でその対象を抹殺する……たとえ、戦争になったとしても。


『未来予知』もまたそんな禁忌の一つである。

 アンバーは祖国で行われた魔法実験により、その力を獲得した。


 蓋を開けてみれば簡単なことだ。

 神聖イヴリーズ帝国が七つの禁忌を定めているのは、それらの力を独占するため。

 他国に禁忌の魔法を研究することを禁じておきながら、自国では秘かに実験を行っていたのである。

 アンバーは神聖イヴリーズ帝国の王族ではあるものの……序列は低く、王位継承権は持っていない。

 そのため、王族でありながら魔法実験の対象とされたのだ。


『アアッ……!』


 激しい実験により初めて未来を視た時、アンバーは思わず悲痛な声を上げてしまった。


『どうかされましたか、未来が見えましたか?』


 実験を施した研究者が訊ねてくるが……アンバーは首を振った。


『いえ……痛みがあったもので、つい。大声を出してしまって申し訳ありません……』


『チッ……また失敗か』


 研究者は忌々しそうに舌打ちをして、それ以上は追及しなかった。

 しかし……アンバーは嘘をついていた。

 本当は実験が成功しており、『未来予知』の力を獲得していたのだ。

 しかし、未来予知を獲得したことで国から使い潰される未来を視てしまい、咄嗟に偽りを口にしていたのである。


『この国にいる限り、私に幸福はない……逃げないと。どうにか、国の外に出ないと……!』


 アンバーは生まれ故郷から逃げ出すため、様々な行動を起こした。

『未来予知』の力を持っていることを隠しながら、父親や兄に国際情勢について説き、政略結婚に使ってもらえるように求めた。

 幸い、実験に失敗したことでアンバーの価値は落ちている。

 使い道があるとすれば女としての利用法くらいなため、政略結婚の駒にされるのにそれほど苦労はなかった。

 未来と視るためには、脳に強い負担がかかる。

 アンバーは最低限、自分が望む未来だけを選択して読むことで負荷を減らしつつ、ウッドロウ王国への嫁入りを掴み取った。


『これでこの国から出ることができますわ……本当に、長かった』


 アンバーは心から歓喜した。

 ようやく、自分を実験動物扱いした国から逃れることができる。

 神聖イヴリーズ帝国の者達はアンバーが『未来予知』という禁忌の力を持っていることに気がつくことなく、その恩恵を手放した。

 何と愚かなことだろう。ざまあみろと笑ってやる。


『もうこの国とはサヨウナラだけど……最後に、もう一度だけ私の未来をみてみましょう』


 もう二度と力を使わない。

 そのつもりで、アンバーは嫁いだ後の自分の未来を予知した。

 脳に負荷がかかって強い頭痛に襲われるが……チカチカと火花のように電気信号が走る中、アンバーの脳裏に未来の光景が刻まれる。


『ンハアアアアアアアアアアアアアアッ!?』


「…………!?」


 アンバーが目にした未来で、彼女は一人の男性に組み伏されていた。

 男の手が熟れた身体を愛でており、激しく求めてくる。

 未来予知の中にいるアンバーはかつてないほどに乱れており、自分自身であるとはとても思えないほどだ。


『こ、この男は……』


 自分を抱いている男は婚約者であるヴァイス・ウッドロウだろうか……否、違う。

 理屈ではない直感で悟る。

 ヴァイスとは似て非なる男……アレはもしかして、『魔力無しの失格王子』と呼ばれているという双子の兄、シュバルツ・ウッドロウか。


『ど、どうして私が婚約者の兄と……いや、それよりも……』


 キュウンッと音を鳴らして、アンバーの子宮が鳴いた。

 身体が熱くなる。肩が震えて、身体が言うことを聞かなくなる。

 不快感はない。むしろ……アンバーの豊かな胸を満たしているのは幸福一色だった。

 愛されている。求められている。

 誰にも愛されることのない実験動物だった自分が……女として求愛されている。

 アンバーは会ったこともない男に……シュバルツ・ウッドロウに一目惚れしてしまったのだ。


『私は彼と会うために、彼に抱かれるために生まれてきた……!』


 アンバーは確信する。

 シュバルツは後に四人の上級妃を堕とそうと目論むが……実のところ、最初に堕ちていたのはアンバー・イヴリーズだったのである。

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失格王子の後宮征服記 魔力無しの王子は後宮の妃を味方にして玉座を奪う レオナールD @dontokoifuta0605

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