第56話 王子と月見

 俺たちの前に姫路が姿を現し王子が驚いたような表情を見せているこの場面は、俺たちがまさに狙った通りの場面だった。


 姫路の前では自分に意識を向けようと姫路以外の多数の女の子に告白をするという偽りの姿を見せている王子。


 そんな王子も姫路がいないとなれば素の自分を出すだろうし、本音を聞き出すのは容易になるだろうと思ってはいた。


 それがまさかこんなに上手くいくとは思っていなかったけどな。


「なんで私がここにいるかなんてどうでもいいでしょ! 本当にあんたはなんでそんなに不器用なんだか……」

「な、なんだよ僕のことこっぴどく振ったくせに今更何を口出ししてきて--」

「振ってなんかないわよ! あの反応はただの照れ隠しで、あんたに花束貰ったのはめちゃくちゃ嬉しかったんだから!」

「……え? めちゃくちゃ嬉しかった?」


 王子の本当の気持ちを知ってしまった姫路は、今まで押さえてきた想いが溢れ出ている。


 その溢れ出てきた想いを聞かされた王子は、呆けた表情を見せた。


 それも無理はない。


 小学校時代に告白した時は、『私に花束を贈るなんて100万年早いけどね』なんて言われて一世一代の告白を断られたと思っていたのに、今になってそれと真逆のことを言いだしているのだから。


「まさか花束を渡すってだけの行動が告白だなんてわかるわけないでしょ⁉︎ ただ卒業記念として花束をくれただけだと思ってたから、喜んでるのがバレないように必死に取り繕ってただけよ!」

「えっ、それって……」

「さっきから言ってるでしょ。私はあんたからの告白を断ったつもりはないし、花束をくれたことにはすごく喜んでた」


 ようやく過去のわだかまりが解けていく。


 この状況になってみて思うのは、かなり長引いた二人の関係性の悪化だが、ちゃんと話し合えばもっと早く解決したのではないかということ。


 とはいえそれはたらればで、いがみ合っている二人が歩み寄るのは至難の業である。


「えっ、じゃあもし僕があの時、ちゃんと『好きです、付き合ってください』って言ってたら?」

「……お願いしますって返事したわよ。昔から今日までずっと、私は公陽のことが好きなんだから」

「……ははっ。はははっ。なんだよそれ。僕はどれだけ愚かな人間なんだろうか」

「……私も愚かだったわ。あの時素直に嬉しいって言っていれば状況は変わったかもしれないのに」


 人間は過ちを起こしている最中であっても、意外と罪を起こしていることに気付かない生き物だ。


 それなのに、自分が間違っていると気付いてからそれを酷く後悔するのである。


「いや、僕もちゃんと気持ちを伝えるべきだったよ。恥ずかしくて行動でしか示せなくてね」 

「お互い様ってことにしておきましょうよ。そしたら丸く治るでしょ」

「……だね」

「……ねぇ、もう一回ちゃんと言ってくれない?」

「ははっ。こういう時、物語の主人公ならもう一度ちゃんと言うまでに時間がかかるんだろうね。でも、もう同じ過ちは繰り返さない。やり方をいろいろ間違えてしまったけど、僕は月見が大好きだ。僕と付き合ってくれ」

「……告白してくるのが100万年遅いのよ」

「まだ産まれてないぞ僕たち」

「……ふふっ。よろしくお願いします」


 かくして、王子と姫路の関係性を改善するという目的は達成された。


 その目的を達成する途中に、俺と天川の間にとんでもなく深い溝ができてしまったんだが……。


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