第5話 木登り


 ヤシの木をぐるっと一周させ、ズボンと服の繋ぎ目の所がミッチミチになっている。

 後ろに体重を掛けつつ、裾の部分を手首に縛ったコレを上に擦っていけば登れそうだけど……裂けるよねーこれ。

 

「一応砂浜だから大怪我にはならないだろうけど……」


 見上げると天の遙か先に二つの玉が揺れ動く。

 金……金……言いたい!。けど言えないこのジレンマが!!。

 コンプライアンス。何事も厳しい時代になり申したね。

 為せば成る。為さねば成らぬ。何事も。

 いざ行かんヤシの実へ。


 足をヤシの木に掛け、体を浮かす様にして体重を後ろに落とす。

 何とか維持は出来ているけども……やっぱり生地の強度が怖い!。ミッチミッチ、ミッチミッチ言ってるよこれぇ!。

 見えてる範囲ではまだ裂ける気配はないけれど、ミッチミッチにしてあげる〜♪と思わざるを得ない!。

 

 どうする。このまま行けば最悪俺の上下服全てを差し出してしまう事になりかねない……。

 良くてトレードオフだ。一旦考え直すか?。

 この環境下で着る物を失うのは大分痛い。でも水分の一つでも得られないと動くのもままならない暑さ。

 これが等価交換というものか。生きる為に死地に歩み寄る儚さ。


 俺は大きく息を吸い覚悟を決め一歩、また一歩とヤシの木を歩き登る。

 歩みの間に、掴む裾を前後に擦らせ常に一定の位置を保ったまま上に上に。

 繊維の解ける音は聞こえていたが、何とか1メートル程登っても維持出来ている。

 案外平気かも……?。まだ色々油断は出来ないけども。


 振り返って下を見てみると体感それほど高く感じない。

 今仮に落ちようともこれくらいなら怪我のけの字くらいで済むだろうね。

 ついでに奥に広がる大海原に目を向けてみるとそこは地平線の一文字で地面から見る景色とあまり変わらない。

 高さの違いってだけだから、まぁしょうがないかね。

 

 向き直して幹の凹凸の引っ掛かりを狙い足を進ませる。

 問題はここからだ。ひー怖い怖い怖い。

 恐怖心を隠してひたすらに単純作業の如く続けると徐々に徐々にヤシが手前に反り返っていく。

 木は上に行く程細くなる。ピラミッド型だから本当に注意するのはここからだ。

 破ける可能性にプラスして折れる可能性だ。この状態から入れる保険ってありますか?。


 なるべーくヤシを揺らさない様に、歩幅をゆっくり落として服の張りを意識して進みます。

 折れるなよー、裂けるなよー。心の中でそう念じつつ、段々とヤシの実が目前に近付いても慎重に慎重に……。

 そうして更に一歩踏み出した時……唐突に肌へ風の流れを感じた。

 直様それは突風に変わってヤシを揺らした。


 ヤバい!!、落ちる!!。

 風の影響をモロに受ける位置。揺れ動く体を何とか固定して張り付く。

 足元をつっかえ棒の如く頑と伸ばし何とかそれに耐え切るが、恐らく気を抜いていたら滑り落ちていた。

 ……駄目だネタにも出来ないです。

 爆音を唸らせる心臓の音が鳴り止むのを待ってから再度息を整え、俺はもう目の鼻の先にある実に向かって行った。


「なんとか、辿り着いたなぁ……。はぁそこそこ苦労した……」

 

 ドギツイ色のヤシの実。サッカーボール大で、近くで見れば随分と繊維質な外観に覆われている。

 食べられるのか食べられないのか定かじゃないんだよなぁ。

 言うなれば限定グッズの抽選券を手に入れたとそんな所か。悲しいねバ◯ージ。

 可能性には殺されなかったので良しとしましょう。

 幹の分かれ目に足を掛け軽く座る。

 

「ちょっと休憩……。流石にくたびれた」


 視界がぐわんぐわんと目が回る。

 どうして俺はこんなに苦労しているんだっけ……。

 はぁ、それもこれも水水水。全部水の為ですよ。

 人は食わなくても水があれば2ヶ月くらいは生きていられると聞いたけど、今はその逆を実感している。

 水が無けりゃなんなら1日すら保たないよこれじゃ。

 生きて行くのはあまりにも大変なんだなぁ。

 

 海原の先からまた一つ風が吹く。

 今度はそよ風レベルの弱い風量だったけど、どうにも汗まみれの体には冷風が過ぎ去ったと思う程涼しいものだった。

 おかげで少し落ち着いて来た。

 ヤシの実を捥いで、持ったまま降りて行くのはちょっと辛い。地面は砂浜だし落とすか。

 その後は安全第一に木を降る。行きは良い良い帰りは怖いって所で、登る以上に気を遣わないと落ちるな。

 

 もう少し休むけども、取り敢えず捥いでおこう。

 俺はヤシの実に向け手を伸ばし付け根の部分を外す心持ちで思いっきり引っ張った。

 案外、手強いな……!。

 かなり強く繋がっているのか、簡単に外せる物でもないようだ。

 このくらいで捥げるのなら石を当てて落とすのも訳ない筈。

 分かり切っていた事よ!。


 何度か格闘していると不意に実が外れ、地面に吸い込まれて行く。

 黄土色の砂浜に落ちたそれは砂粒を撒き散らしながらスッポリとその場に嵌った。

 特に割れる様な音も無かったから大丈夫かな?。もう一つも行くぜ。

 同じ様に二つ目も捥いで砂地に落とす。

 良し、一仕事完了。もう一休みして俺も帰りましょー。

 

 ヤシに背中を預け息を整える。

 ……だけども、毎度の事こんな作業挟んでたら身が保たないよなぁ。

 やっぱりどうにかして川を見つけるしかないですね。そしてあわよくば、第一村人発見となれば良いのですが。

 人、居るのかねぇ……。

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異世界サバイバル! 一人でも何とか生き抜きます!! 杉花粉 @sugi-kahun

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