第20話 異世界人死亡確認




「ん? これは成功、かな?」


 最後の白炎が消え去ったのを見て、ヴァロザは呟く。


 結界と、その内部で惨劇を生み出した炎。それは、第二禁唱指定のものだ。


 あらゆる人、及び人の手が直接入ったもの、全てを排除する浄化の神法。だが、これは英雄であるヴァロザがいたからこそ使用できたものである。


 余談だが、もしも第一禁唱指定でを使おうとすれば、英雄であるヴァロザでも許可をもらうのに書類100枚ほど署名をし、なおかつ10の大司教の許諾を得る必要がある。そこに加えて、使用場所の国が許可を出さなければそれまでの努力も水の泡となる。こんなんなので、歴史を遡ってもちゃんと許諾をとって使用された第一禁唱指定の神法はないに等しい。なお、魔法の場合は許可がもらえることはありないので傍に置いておく。


 とまぁ、第一禁唱指定ではないものの、第二禁唱指定も相当やばいというのは先ほどの説明でもわかったことだろう。第一になっていないのは、その範囲の狭さと現在の技術では事前準備が不可能な上に発動するには10〜20分ほどかかるためだ。


 ちなみに、今回の場合はヴァロザが村長と長話をするということで時間を稼いでいた。人によっては卑怯と謗るかもしれないが、彼女は卑怯を褒め言葉だと思っているのでむしろウェルカムであるかもしれない。この精神、長年培ってきた賜物であるが、見習いたいものである。


 そんな彼女、ヴァロザの頭の中では、目の前で消えた白炎の理由について考えていた。つまり、異世界人が死んだのか、それとも復活しているのか。前者であって欲しいと思っているのだが、異世界人が死んだことで生み出された運命の波紋はあまりにも大きかった。


 これまで、異世界人が死んだ時の運命の揺らぎがどうだったか、ヴァロザは全くといいほど覚えていない。覚えていないのだがここまで大きくはなかったと断言できるのだ。


 ここで、三つの考え方ができる。あの異世界人が運命を操れるから波紋が生まれたのか、また復活するための運命が揺らいでいるのか、その二つともでもない何かがあるのか。どれにせよ、彼女の知識では判別できない。いろいろと、頭の中で対案を考えても、ここでは検証不可能なものばかり。


 仕方がなく、ヴァロザは帰還することを決めた。


「帰るか」


 と口にすれば、ヴァロザの様子を窺っていた補佐官(この国における制度と日本語のおける制度の相違から考えると“官”は正しくないかもしれないが、以後は補佐官で統一する)はほっと溜め息をついた。それは、どのような心境から漏れ出た溜め息かは本人にすらわからないもの。けれどそれもつかの間、彼は己の使命(なんかかっこよく言ってるけど自分の役職の仕事のこと)を思い出した。つまり、ここの地区の担当として、ヴァロザが何を行ったのか、理由や今後の方針を聞きたいわけだ。


「あの、この村には何かあったのですか?」


 清々したと言わんばかりに、村の跡地をにこやかな笑みで見つめるヴァロザから、そのような読みをしてみせた補佐官だが、次の瞬間、怖気を感じた。


 これまでずっと外行きの仮面をかぶっていたヴァロザが初めて、心の底からの感情──“怒り”を見せたのだ。自分に向けられたものでないのに、それでも彼は恐怖した。ゾワリと背筋に寒気が走り、冷や汗が止まらなくなる。


「あの村に何があるか、か。確かに、君たちじゃ知らないのも無理はない。彼らはね。人じゃないんだよ。かつて人であったものたち。古代文明によって人でなくなったものたち。永遠に生き続ける宿命を背負わされたものたち。彼らはそう言う存在なのだよ。存在してはいけないのに、存在していた」


「……それは、なぜ?」


「彼らが我らが皇帝の臣民であったから。ただ、それだけさ。ただそれだけで、彼らは生きることを、生き続けることを許された、許されてしまった。彼らが望むか否かなどに関わらず。……哀れな存在だよ。私には、責があり、決意があるが、彼らにはそんなものなどひとかけらもない。彼らは生きる苦痛という場所を通り越して、ただただ安穏の世界を欲するようになり、そして最後に、何も感じないようになった。感じているふりをするようになった。彼らはもはや何者でもない抜け殻のように成り下がった。生き恥を晒し続けた。神の輪廻から外れたあいつらを葬れたのは良き事だ。そうは思わないかい?」


「彼らは、なんなのですか?」


「それをいうことはできない。ここまで話したのは君への配慮というやつだ。ここまでなら報告したって大丈夫だというやつだ。だけど、ここからの情報開示は私ではなく国の方が決める問題だ。あまり期待せずにいることだな」


「そ、そのまま報告していいのですか?」


「ん〜、異世界人を匿った罪の方を全面に出して欲しいかな? あとは突っ込まれた時の保険みたいな感じで、あとはよろしく〜」


「えっ、なっ!」


 颯爽とヴァロザは夜闇の中へと溶けるように消え去った。


 後には、補佐官と、さらにその部下が残るのみ。皆一様に顔を見合わせ、程度にさはあれど不思議そうな、もしくは怪訝そうな表情をしている。


「どうするんですか?」


「……俺たちも帰るぞ」


 もはやここに用はない、と彼らは帰途につく。


 人ひとりいない、草原に風が吹いた。草に紛れてうさぎが一羽、飛び跳ねていった。ただ、それだけだった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る